【レビュー】「生きちゃった」 ラストシーンの感情の爆発は体感するしかない

映画スクエア

 

 

 「生きちゃった」は、第37回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した「舟を編む」や、第91回キネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれた「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」の石井裕也監督による作品。脚本も自らが手がけ、プロデューサーも兼ねている。

 本作は、2019年の上海国際映画祭で発表された、プロジェクト「B2B(Back to Basics)A Love Supreme(原点回帰、至上の愛)」によって企画が立ち上げられた。香港国際映画祭と中国のHeaven Picturesが共同出資し、6名の映画製作者に同じ予算が割り当てられ、「映画製作の原点回帰」を探求するというコンセプトのもとに製作されている。

 ストーリーは、幼なじみである、厚久、武田、奈津美の3人を軸に展開される。今は結婚して5歳の子どもがいる厚久と奈津美だったが、奈津美が別の男性と体を重ねていることが明らかになる。別れることになった厚久と奈津美を、武田が見守る。そんな歯車が狂った3人の姿が描かれていく。

 印象的なのは、言いたいことをどうしても口にできない厚久の姿だ。映画であれば言える内容も日本語では口にできない。奈津美の情事を目撃しても何も言えず、感情をマグマのように体に溜め込んでいく。

 一方の奈津美の姿も印象的だ。厚久とは対照的に、不倫が発覚してからは自分の思いに率直に行動し、率直に言葉を口にしていく。愛する者のためなら苦労など感じることすらなく、口にする言葉をためらうことなどない。厚久の代わりにマグマを吐き出しているかのようだ。

 厚久と強い絆で結ばれた武田は、厚久が抱えるマグマも、奈津美の吐き出すマグマも感じながら、自分の力ではどうすることもできない。

 「なんでだろう。声が出ないんだ。日本人だからかな」と厚久が語るシーンがある。思うことを言えないというのは日本人らしさの一面かもしれない。だが、言いたいことがどうしても言葉にできない人は、おそらくたくさんいることだろう。そんな世界中の人たちにとって厚久の存在は身近に感じられることだろう。

 ラストシーンの感情の爆発は体感するしかない。「生涯大切にしたい作品」と語っている厚久を演じた中野太賀と、ラストシーンの撮影のあとに「こんなシーンを脚本に書いちゃダメだ…」とつぶやいたという武田を演じた若葉竜也が見せる爆発は、見た者の心をやけどさせることだろう。

(文:冬崎隆司)

 

■作品情報
「生きちゃった」
監督・脚本:石井裕也
出演:仲野太賀、大島優子、若葉竜也

10月3日(土)より、ユーロスペースにて公開
配給:フィルムランド
(c)B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved.

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