段取らない撮影 有村と志尊の「本質に触れられた」『人と仕事』森ガキ監督、スターサンズ河村氏インタビュー

映画スクエア

(左)河村光庸エグゼクティブプロデューサー (右)森ガキ侑大監督

 映画『人と仕事』は、エッセンシャルワーカーを入口に、生きていくこと、生きていくうえでの本質に焦点をあてたドキュメンタリー。新型コロナウイルス感染症拡大によって制作が中止となった劇映画『保育士T』のキャスト&スタッフ──有村架純、志尊淳、森ガキ侑大監督、河村光庸エグゼクティブプロデューサーが企画を変更して臨んだ。

 エッセンシャルワーカーとは、医療従事者、スーパー・コンビニ・薬局店員、介護福祉士・保育士、区役所職員、バス・電車運転士、郵便配達員・トラック運転手、ゴミ収集員など、私たちが生活していくうえで必要不可欠な仕事に従事する人たちのこと。本作では、コロナ禍で浮き彫りになってきた「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる保育士、農家など、市井の人々の声なき声を聞き、彼らの現状を有村と志尊がレポートする。そこには、私たちが知りたいこと、知るべきこと、テレビなどで報道されるニュースのその先のことが映し出される。

方向転換の背景 ドイツ・メルケル首相の演説

 劇映画からドキュメンタリーへ、河村プロデューサーの方向転換は早かった。

 「新型コロナが題材ではなく、コロナをどう考えているか、コロナ禍で何が起きたのかを描きたいと思いました。人間社会は、人が移動する・集まる・対面することで成立していますが、コロナはそれを止めてしまった。けれど人間にしかできないことはあって、このドキュメンタリーでは、まずその人間にしかできないこと=エッセンシャルワーカーの仕事に光をあてました」

 河村プロデューサーがドキュメンタリーに舵を切った背景には、2020年5月9日、ドイツのメルケル首相が行った演説がある。「文化的イベントは、私たちの生活にとってこのうえなく重要なものであり、芸術に必要な支援策について検討していく。芸術は、不可欠なものである」(要約)というメルケル首相の言葉に動かされた。

「人と仕事」 ©2021『人と仕事』製作委員会

ドキュメンタリーを避けてきた森ガキ監督の決断

 しかし、森ガキ監督にとってドキュメンタリーは避けてきたジャンルだった。

 「大学在学中にドキュメンタリーを制作したとき、すごく苦しかったんです。真実を見る、蓋を空けて闇を見る、見なくてもいいものを見てしまう……。撮影した後は、ご飯を食べても美味しくないし、家に持ち帰ってずっと引きずってしまう、とにかく辛かった。だからCMや劇映画、フィクションやファンタジーを描く方へ進みました」

 たしかに、森ガキ監督の初長編映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』(17)は家族映画、志尊淳が出演する『さんかく窓の外側は夜』(21)はダークファンタジーだった。そんな森ガキ監督が、敢えて距離を置いてきたドキュメンタリーにもう一度向きあおうと思った理由は何だったのか。

 「(当初予定していた劇映画『保育士T』の制作が中止になってから)河村さんから『ドキュメンタリーはどうだろう』と連絡をもらったとき、大変だろうなとか、いろんな気持ちが頭をよぎりましたが、この企画が今必要な企画であることは、本能的にピンときました。しかも一緒に仕事をしたかった河村さん、そして有村さんと志尊くんとも一緒に作ることができる、こんな機会はもうないかもしれないと思い、決断しました」

 「ドキュメンタリーは(学生以来)やったことがないから不安です」という森ガキ監督に、河村プロデューサーは「やったことがないから面白いんだよ」と背中を押した。「半ば強引に説得されました(笑)」とふり返るが、河村プロデューサーには見えていた。「やったことがない、そこにこそ魅力があるんです。『新聞記者』の監督・藤井(道人)くんだって、それまで新聞なんて読んだことがなかったけれど、見事にやってくれた。森ガキ監督もそうです。普段からドキュメンタリーを撮っている人にはない新鮮さが必ずあるはずで、そこが強みになる。確かな期待感がありました」

ゴールが見えない撮影 「奇跡の連続」が続ける力に

 とは言っても、ドキュメンタリーというのは、撮っても撮っても終わりはなく、ゴールが見えない。葛藤もあり、苦しさも辛さもある。けれど「奇跡の連続」が続ける力となったという。その奇跡とは──。

 「そもそも河村さんが劇映画をドキュメンタリーにしようとしたことも奇跡ですし、児童養護施設など本来は顔出しが難しい人たちの取材ができたこと、いくつもの小さな奇跡が合体して大きな奇跡になったと言いますか。それを日々感じていました。有村さんと志尊くん、彼らのなかから自然と溢れ出てきたひとつひとつの言葉や反応も奇跡だと思っています」

 この映画は、志尊が渋谷の街を歩きながらゲリラ的に街頭インタビューを行う光景から始まるが、もともと保育士になりたかったということもあり、彼の適応能力、場にとけ込む力に驚かされる。また、当初「着地点が見えない」と悩んでいた有村も、撮影が進むにつれて「こんな有村架純、見たことがない」という意外な一面を見せるようになる。俳優としてではなく、ひとりの人間としてカメラに映る姿は新鮮だ。彼らがインタビューを通して目の前の現実に戸惑い、揺れ動き、真実を知っていく。その感情は、そのまま観客の感情とリンクしていくだろう。

「人と仕事」 ©2021『人と仕事』製作委員会

「段取らないこと」 監督・有村架純・志尊淳の挑戦

 森ガキ監督は「有村さんと志尊くんは何を感じたのか?」に強い興味を抱き、それがこの映画の指針となっているが、監督・有村・志尊にとって最大の挑戦は、決して段取らないことだった。

 「段取らないほうがいいと分かっていても、段取りのプロが3人も集まっているので、体が勝手に段取ってしまうんです。河村さんから常に、段取るな、段取るなって電話が入っていました(笑)。思い返すと撮影中盤のあたりで、河村さんの『段取るな』という言葉の真意が理解できた。そこからはドキュメンタリーってこういうことなのかと苦しさがなくなりましたね」

 後半に用意されている有村と志尊、2人だけの対話シーンでは、職業・俳優である彼らが抱える苦悶も赤裸々に映し出される。ある意味、凄いシーンだ。部屋には2人だけ、森ガキ監督すら立ち合わなかった。

 「段取っていたらあのような2人の意見はカメラに収められなかったと思います。段取っていないから、どうすればいいんだろうと迷う2人がいて、その迷いが彼ら自身の迷いにも繋がっていった。もちろん演出はナシ、別室で待機していましたが、音声も聴いていません。完全に2人に委ねています。録画した映像を見て、ギリギリのところまで話してくれたんだなと、彼らの本質に少し触れられた気がしました」

映画監督という仕事について感じること

 有村と志尊が自身の仕事と向きあったように、森ガキ監督も“映画監督”という仕事について向きあったわけだが、いま何を感じているのだろうか。

 「映画のなかで彼らが語っていることと同じことを僕も感じています。このドキュメンタリーを撮ったことで、ようやく社会との接点を見つけられた気がしていて、同時に今まで以上に劇映画の世界は嘘なんじゃないか、どんなにリアルに近づけてもドキュメンタリーには勝てないんじゃないか、とも思っています。そういう葛藤は、今後劇映画をやっていくうえでどうしたって生まれてきてしまう。劇映画って何なんだろうって。でも、考えながら、今回の経験を次の劇映画に活かしていきたいですね」

 取材・文・新谷里映


■作品情報
人と仕事
2021年10月8日(金)より全国3週間限定劇場上映
配給:スターサンズ/KADOKAWA
©2021『人と仕事』製作委員会

有村架純と志尊淳がそのままの“自分”としてスクリーンに登場し、エッセンシャルワーカーと呼ばれる人々や市井の人々の声を聞いて働く人々の現状をレポートするドキュメンタリー映画。保育士や農業などの職業に従事している人々のもとに赴いた2人が、ありのままの言葉や表情で現代社会の陰影を浮き彫りにしていく。さらに、2人が自分自身の仕事をあらためて見つめ直し、仕事人の1人として現代社会と向き合う姿が捉えられている。

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