1組の男女のごく個人的な物語を、一流の俳優たちが丁寧に演じきる 『We Live in Time この時を生きて』

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冬崎隆司の映画底なし沼 第4回『We Live in Time この時を生きて』レビュー

1組の男女のごく個人的な物語を、一流の俳優たちが丁寧に演じきる 『We Live in Time この時を生きて』
© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

!!本編ご鑑賞後に読むことをオススメします!!

 離婚協議中のトビアスは、シェフのアルムートに車ではねられ、大けがを負う。これがきっかけで2人は付き合い始めるが、子どもを望むトビアスと、それに躊躇するアルムートの間には、微妙なすれ違いが生まれる。その後、2人は結婚。やがてアルムートが卵巣がんと診断される。病を知ったアルムートは子どもを望むようになり、娘のエラを出産。一度は病が落ち着くも、再発。そんななかで、アルムートは料理コンクールへの出場を決意する。

 この映画は、小さく、静かな感動を与える作品だった。あまり多くの人に「ぜひ見て」と声高に勧めたいタイプの作品ではない。それは、ある種の反発を呼びやすい作品であることが想像できるからだ。

 病をテーマにした「感動もの」として、この作品に「感動ポルノ」といった批判が寄せられることは想定できる。たとえば、子どもを持つことを考えられなかったアルムートが、病気を機に母性に目覚めるという展開は、「女性=母性」という固定観念への追従と捉えられるかもしれない。また、時間軸を前後させ、しかもその切り替えを明確にせずに描く手法にも、「不親切」や「不必要」と感じる人がいるかもしれない。

 だが、そうした批判を理解しながらも、私はこの作品を否定する理由にはしない。自分が映画を「減点法」ではなく「加点法」で観ているからかもしれないが、少なくとも私にとって、この映画は感動的であった。

 本作が描くのは、アルムートとトビアスという、1組の男女の物語だ。それが「普通」であることを批判する向きもあるかもしれないが、私はこの平凡さにこそ価値があると感じた。社会的なメッセージ性を強く押し出した作品ではない。けれども、だからこそ、個人の感情や関係に焦点が絞られている。

1組の男女のごく個人的な物語を、一流の俳優たちが丁寧に演じきる 『We Live in Time この時を生きて』
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 時間を前後しながら描く構成は、アルムートの死を物語の終着点に据えるのではなく、トビアスが過去を回想しているような印象を与える。実際にはアルムート不在のシーンもあるため、意図的な回想構造とは言えないが、記憶とは必ずしも時系列順に再生されるものではない。この構成は、人間の記憶のあり方に近づいた描写とも言える。

 もし時間を直線的に描けば、物語はさらに平凡なものとして受け取られたかもしれない。だからこそ、時間軸を揺らすことで観客の集中力を引き出す工夫がなされているとも思える。実際、自分は時間の跳躍によって意識が途切れるどころか、むしろ映像に対する集中が増していることに気づいた。

 本作には、印象的な細部が随所にちりばめられている。たとえば、妊娠中のアルムートがバスタブでくつろぎ、おなかにトビアスからもらったクッキーを乗せるシーン。あるいは料理コンクールで、相棒が直前に吐いてしまう場面。こうした描写が、物語の進行と関係がないようでいて、観る者の注意を惹きつけ、感情を引き込む。

 特筆すべきは、大きな出来事をあえて描かない点だ。アルムートが子どもを望むようになる心境の変化や、彼女の死の瞬間は省略されている。それは、この映画が「母になる決断」や「死の瞬間の劇性」を描くことよりも、彼女が“その間に何をしたか”を主題としているからだろう。彼女がどう生き、どう選んだか。それを見せることに、本作は集中している。

 俳優たちの演技も素晴らしい。フローレンス・ピューはアルムートのたくましさと繊細さを見事に体現しているが、より感動的だったのは、アンドリュー・ガーフィールドの“受けの演技”だ。特に、病の再発を知り、動揺を必死に抑える冒頭の演技は圧巻だった。

 1組の男女のごく個人的な物語を、一流の俳優たちが丁寧に演じきる。ただそれだけで、この映画には深い価値がある。そう思える作品だった。


1組の男女のごく個人的な物語を、一流の俳優たちが丁寧に演じきる 『We Live in Time この時を生きて』

冬崎隆司(ふゆさきたかし)
映画ライター、レビュアー、コラムニスト
1977年生まれ。理屈に囚われすぎず、感情に溺れすぎず。映画の多様な捉え方の1つを提示できればと思っています。
映画レビュアーの茶一郎さんとのポッドキャスト「映画世代断絶」も不定期更新中。


【作品情報】
We Live in Time この時を生きて
2025年6月6日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

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