映画スクエア
2024年9月6日より劇場公開される、第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された、キリル・セレブレンニコフ監督の日本公開最新作「チャイコフスキーの妻」から、死んだはずのチャイコフスキーがよみがえる冒頭シーンの、本編映像が公開された。
天才作曲家チャイコフスキーが急死したのは1893年。映像では、葬儀の重々しい空気の中、妻のアントニーナがチャイコフスキーの遺体が横たわる斎場に到着すると、突如チャイコフスキーが息を吹き返すシーンを収めている。アントニーナに詰め寄り、「おまえが欲しかったのは妻の座だけだ!」「こんな茶番を演じるのが私の人生とは」と、怒りの言葉を浴びせるチャイコフスキー。現実と妄想のはざ間でもがき苦しむアントニーナの視点で再解釈された映像となっている。
本作で撮影を担当したのは、2021年のカンヌ国際映画祭で芸術的貢献を認められた技術者に贈られるバルカン賞を受賞したウラジスラフ・オペリヤンツ。ニキータ・ミハルコフ監督の「12人の怒れる男」「遥かなる勝利へ」などの撮影監督として知られ、セレブレンニコフの過去作でも撮影を担当してきた。
「チャイコフスキーの妻」は、「白鳥の湖」「くるみ割り人形」などの天才作曲家ピョートル・チャイコフスキーを盲目的に愛した“世紀の悪妻”アントニーナの、知られざる実像に迫った伝記映画。かねてから同性愛者だといううわさが絶えなかったチャイコフスキーは、恋文で熱烈求愛する地方貴族の娘アントニーナと、世間体から結婚する。しかし女性への愛情を抱いたことがないチャイコフスキーの結婚生活はすぐに破綻し、夫から拒絶されるアントニーナは、孤独な日々の中で狂気の淵へと堕ちていく。
女性の権利が著しく制限されていた19世紀後半の帝政ロシアを背景に、チャイコフスキーが同性愛者だったという、ロシアではタブー視されてきた事実を明確に描き、夫婦間の知られざる真実に迫る作品となっている。歴史上まれに見る悪妻という汚名を着せられたアントニーナの実像を、史実に従いながら大胆な解釈を織り交ぜて描いたのは、「LETO -レト-」「インフル病みのペトロフ家」のキリル・セレブレンニコフ。
本作を一足先に鑑賞した著名人によるコメントも公開された。コメントは以下の通り。
【コメント】
■和田彩花(アイドル)
純愛、夫婦愛、兄妹愛、愛惜、愛憎、愛が人を蝕んでいく様子を詩的に描写したスクリーンの芸術。従来的な性規範と、近代芸術家像を崇拝する物語の(社会の)構造を目の前に、チャイコフスキーの妻をなんと形容しますか?
■奥浜レイラ(映画・音楽パーソナリティ)
女性の自由も人権もないに等しかった19世紀末のロシア。誰もが名を知る音楽家が望んでいた借りものではない生き方も、その才能に身を焦がした妻の苦悩も、これまでは強固なレッテルによって見えなかった。社会から“ほとんどないこと”にされてきた人々を改めて照射し捉え直すという監督の意志にも胸をつかんで揺さぶられた。
■宮本亞門(演出家)
魅力に溢れつつも、実に恐ろしい映画だった。
演劇出身のロシアの奇才キリル・セレブレンニコフ監督が2つの分かりあえない愛を描く。
当時マイノリティとして社会から排除された2人が己の生存のための見返りを求める愛ゆえ、主人公は自らを傷つけ狂気の世界へ誘われる。
キリル監督は同じチャイコフスキーを描いたケン・ラッセルの『恋人たちの曲 悲愴』とは違い、あえて現代人の分断と苦悩を等身大で描いているかのようだ。
私には祖国を愛するがゆえに、反逆者とされたキリル氏と重なってうつる問題作だ。
■ブルボンヌ(女装パフォーマー)
男性のための社会、世間体のための結婚が生み出す、愛されない苦しみ。
執着に蝕まれる妻が見た絶望と狂気の世界は、
現代のロシアにも続く男根主義の牢獄だろうか。
■上田洋子(ゲンロン代表、ロシア文学・演劇研究者)
人間は完璧じゃない。天才でさえも。
ロシアを追われたセレブレンニコフ監督がチャイコフスキーのタブーに挑む。かつて女性の欲望がこんなに深く美しく醜く描かれたことがあっただろうか。
■松岡宗嗣(ライター)
不穏なハエの羽音、「世紀の悪妻」という一面的なパースペクティブ、観客が期待するイメージの背後にある、絡み合う社会の歪みを考えさせられる。
■naco(厳選クラシックちゃんねる)
出てくるキャストの容貌が、脇役に至るまで実際の人物に瓜二つ。当時の世界を本当に覗き見ているようでした。
純愛を装ったアントニーナの執着が徐々に狂気じみていく異様さと救いようのなさに目が離せない作品でした。
実際の彼女はもっと幸せだったことを祈りたいです。
■沼野恭子(東京外国語大学名誉教授、ロシア文学者)
「妻」の座しか与えられない抑圧的な社会にあって「永遠の愛」を手に入れようとする女。性的指向から妻の存在そのものを「地獄」と感じて忌避する天才芸術家。セレブレンニコフ監督は、妄想と狂気の様相を帯びてゆく愛をアントニーナの視点で描き、彼女の悪妻伝説もチャイコフスキーの聖人像もふたつながら破壊してみせた!
【作品情報】
チャイコフスキーの妻
2024年9月6日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
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