ルッキズムと自己受容の難しさ 悲劇でも美談でもなく真摯に描く 『顔を捨てた男』

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冬崎隆司の映画底なし沼 第6回『顔を捨てた男』レビュー

ルッキズムと自己受容の難しさ 悲劇でも美談でもなく真摯に描く 『顔を捨てた男』
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!!本編ご鑑賞後に読むことをオススメします!!

 神経線維腫症を患う青年・エドワードは、隣人で劇作家志望のイングリッドと親しくなっていく。やがて彼は、薬の効果で“普通の見た目”を手に入れると、「ガイ・モラッツ」と名乗り、彼女の前から姿を消す。不動産のセールスマンとして成功を収めたエドワードは、ある日、イングリッドが自分をモデルにした戯曲「エドワード」を舞台化しようとしていることを知る。かつて望んで作らせたマスクをかぶってオーディションに参加したエドワードは、主演に抜擢される。だが稽古の最中、新たに神経線維腫症を患う俳優・オズワルドがやってくる。

 ルッキズムの問題が日々注目を集める今、この作品は非常にチャレンジングな題材を扱っている。神経線維腫症をモチーフにしたドラマは、ともすれば“感動ポルノ”として批判を浴びかねないが、本作はその領域には踏み込まない。むしろ、きわめて真摯にテーマと向き合っている印象を受けた。

 その誠実さは、監督・脚本を務めたアーロン・シンバーグの背景と無縁ではない。彼は、生まれつき両唇口蓋裂を抱え、何度も手術を受けてきたという。自身は神経線維腫症の当事者ではないが、顔の見た目にまつわる葛藤と向き合ってきた人生が、本作の深みに結びついている。

 これは、スッキリと収束する類の作品ではない。作中に登場する『美女と野獣』への言及が示すように、「心は美しい」という単純な美談には回収されない。キャラクターたちは理想化されず、人間としての複雑さを帯びて描かれている。だからこそ、胸の奥に澱のようなものが残る。

 興味深いのは、薬を使う前のエドワードが、自らの外見を不幸と捉えすぎていない点だ。周囲の人々もまた、彼を過剰に忌避したり、哀れんだりはしない。この“普通さ”が序盤のトーンに落ち着きを与え、作品全体にリアリティをもたらしている。

 イングリッドはエドワードの外見に触れないまま交流を重ねるが、後に恋人との会話として、見た目に関する本音を語っていたことが戯曲を通じて明らかになる。その視線は一見意地悪にも映るが、現実的である。

ルッキズムと自己受容の難しさ 悲劇でも美談でもなく真摯に描く 『顔を捨てた男』
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 本作で最も印象深いのは、エドワードの内面の移ろいが丹念に描かれている点だ。彼は、自ら強く望んで“変身”を選んだわけではない。しかし医師に勧められ、多少の危険を承知で治療を受ける。そして見た目が変わったことで、初めて性的な体験をし、これまで知らなかった世界に触れる。魅力的な容姿を活かし、仕事も私生活も好転していく。

 だが、かつての自分をモチーフにした戯曲の存在を知ったエドワードは、「哀れな存在」として描かれている印象を修正しようとする。この展開は、他者との関係において「対等さ」がいかに大切かを伝えているように感じられる。

 物語が進むにつれ、オズワルドという存在がエドワードを揺るがせていく。イングリッドは主人公役をオズワルドに変更し、二人は恋仲になる。おそらく性的経験のなかったエドワードにとって、オズワルドに子どもがいることを知る場面は衝撃だっただろう。

 思いをうまく言葉にできず、真実も明かせないまま、エドワードは次第に孤立していく。対照的に、オズワルドは気さくで、誰からも好かれ、エドワードにも自然に接してくる。

 本作の核心は、冒頭で住人たちが語るレディー・ガガの言葉に集約されているように思える。「自分を受け入れ、自信を持って生きる」。オズワルドはそれができているからこそ魅力的だ。エドワードは、最後までそれを実現できない。

 外見をめぐるさまざまな出来事が描かれるが、結局は“自己を受け入れること”の難しさと尊さが浮かび上がってくる。

 なお、本作でもう一人のキーパーソンとなるのは、オズワルド役のアダム・ピアソンだ。実際に神経線維腫症を抱える彼は、俳優であると同時に、障害者の権利向上を訴える活動家としても知られている。映画内のオズワルド同様、前向きに生きるその姿は説得力を持ってスクリーンに現れる。

 シンバーグ監督とピアソンは、前作『Chained For Life』でもタッグを組んでいる。ピアソンが主演を務めたこの作品も、ぜひ日本語で鑑賞できるようになってほしい。


ルッキズムと自己受容の難しさ 悲劇でも美談でもなく真摯に描く 『顔を捨てた男』

冬崎隆司(ふゆさきたかし)
映画ライター、レビュアー、コラムニスト
1977年生まれ。理屈に囚われすぎず、感情に溺れすぎず。映画の多様な捉え方の1つを提示できればと思っています。
映画レビュアーの茶一郎さんとのポッドキャスト「映画世代断絶」も不定期更新中。


【作品情報】
顔を捨てた男
2025年7月11日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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