ダリオ・アルジェント監督の名を聞いて、ピンと来る映画ファンは、もう結構な年代なのではないか？同時代を生きたジョージ・A・ロメロやウェス・クレイヴンらが亡くなり、自分のような80年代の熱狂的なホラーブームの時代を知る人間には非常に寂しく感じていたのだが、何と10年ぶりにダリオ・アルジェントが新作を発表してくれた。しかもこれが往年の作品と比べても、見劣りすることのない快作だったのだ。ファンにとって、こんな嬉しいことはない。
若いホラー映画ファンは、実際観ていなくても、『サスペリア』（1976）や『フェノミナ』（1985）などのタイトルは聞いたことがあるはず。原色を配した映像美に、激しいロック調の音楽を流すスタイルは、公開時、とても斬新で、それまでのクラシックなホラー映画のスタイルを打ち破り、多くの映画ファンを熱狂させた。その中には現在、ハリウッド映画の最前線で活躍中の巨匠も少なくない。だが、アルジェント監督は2012年に発表された『ダリオ・アルジェントのドラキュラ』を最後に、長い沈黙に入っていた。
昨年発売された『スリープレス』（2001）の特典には、最新インタビューが特典に収録されたが、声に覇気がなく、さすがのアルジェントも年には勝てないか、などと思ったものだが、そんなことはなかったのである。先だって公開された『ダークグラス』のメイキング映像を見ると、80歳を過ぎたとは思えないほど、元気に現場を立ち回り、俳優たちに指示を出している。やはり映画監督は現場に出たら、息を吹き返すのだ。
『ダークグラス』のあらすじは、ざっとこんな感じだ。娼婦ばかりを狙った連続殺人が発生。コールガールのティアナもターゲットになり、車で追われ、焦った彼女は交差点で交通事故を起こし、盲目になってしまう。ぶつかった相手の車に乗っていた中国人一家は父親が即死、母親は意識不明で、息子の少年チンだけが軽傷で済むという痛ましいものだった。やがてティアナはチンと不思議な友情で結ばれ、支え合う存在になっていくが、犯人はまだティアナを狙っていた。
いわゆるジャッロと呼ばれるイタリアで続く犯罪映画のジャンルに属するものだが、殺人シーンの残虐さ、冒頭で日食に夢中になる人々の妖しい捉え方など、アルジェントタッチが随所に見られ、オリジナリティを発揮している。
本作の脚本は、1996年に公開された『スタンダール・シンドローム』の直後に執筆されたそうだが、諸事情で映画化されずにいた。それを娘であり、『スタンダール～』の主演女優でもあったアーシア・アルジェントが、父親に「『ダークグラス』は？」と問いかけたことで映画化が動き出したというのだから、何がきっかけになるか分からない。当時製作されていたら、間違いなくアーシアが主演だったろうが、今回、彼女はアソシエイト・プロデューサーとして参加し、女優としては一歩下がったところで、主人公を支える介護士の役で出演している。彼女の母親、ダリア・ニコロディも出演者、脚本家として生涯ダリオを支え続けてきたが、それを思い起こさせる献身ぶりだ。そんな愛する娘を映画でどう扱うかも、また見せ場のひとつと言っていいだろう。
ティアナを演じた主演女優のイレニア・パストレッリについても語っておきたい。知る人ぞ知るカルト作、『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』（2015）でヒロインを演じた女優さんだが、今回はイメージを一新。コールガールと言う役どころを見事に自分のものにし、またサングラスが非常に似合うという新たな魅力を放つことに成功している。
本作はアルジェント映画を観続けてきたホラーファンはもちろんだが、アルジェントを知らない若い層に是非観てもらいたい。間違いなく過去の名作群に触れるきっかけになるはずだ。そしてアルジェントがどれだけ、現代の映画作家に影響を与えてきたかを知ることもできるはずだ。是非、映画館へ駆けつけて欲しい！
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飯塚克味（いいづかかつみ）
番組ディレクター・映画＆DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』（毎週土曜日放送）の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA！』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD＆動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター６ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
