日本だと二の足を踏みそうな修羅場も遠慮なく描写 「哭悲/THE SADNESS」【飯塚克味のホラー道】

映画スクエア

著者名:飯塚 克味

日本だと二の足を踏みそうな修羅場も遠慮なく描写 「哭悲/THE SADNESS」【飯塚克味のホラー道】
©2021 Machi Xcelsior Studios Ltd. All Rights Reserved.

飯塚克味のホラー道 第23回「哭悲/THE SADNESS」

 ちょうど1年前に公開された台湾ホラー『返校 言葉が消えた日』も素晴らしい出来だったが、今回紹介する『哭悲/THE SADNESS』も脳天を斧でたたき割られたような衝撃をもたらす台湾映画だ。7月8日からNetflixで配信される『呪詛』も前評判が高く、今、台湾ホラーが勢いを増してきている。

 話はホラーファンならおなじみのもの。謎のウィルスが蔓延し、それまで普通に接していた人が、突然凶暴化し、襲ってくるというゾンビタイプの作品だ。だが黒目が大きくなり、目から涙を流しているというのが斬新だ。これはウィルスによって、本能は抑えきれなくなってしまうが、脳の機能は働いているため、自身の行いについては善悪の判断が付き、その葛藤から涙を流すと劇中で説明されている。

 監督を務めたのは、カナダ出身で、台湾に移り、アニメーターとして活躍後、短編製作を経て、本作で長編デビューしたロブ・ジャバズ。本作では脚本と編集も担当している。こだわり抜いた描写は世界中で評価され、各国のジャンル系映画祭で上映されては、賞を受賞するなど日に日に評価を上げている。本作には様々なホラー映画にオマージュを捧げたシーンが用意されているので、それを見つけて楽しむ見方もありだろう。

 俳優陣は主人公の若い女性カイティン役にレジーナ・レイ。演技の経験が浅いとのことだが、感染者に襲われ、混乱の中、逃げ惑う様は、日本でも多くの観客の度肝を抜くに違いない。カイティンと離れ離れになって、何とか再会を果たそうとする恋人のジュンジョーにはベラント・チュウ。甘いマスクに鍛え抜かれた身体を武器に、末期的な世界を生き抜こうとする。この二人のドラマを交互に見せていくシンプルな作りだけに、二人の演技力が確かなものである必要があるのだが、見事に監督の要求に応えてくれている。

 本作を観ていて、とても恐ろしいのに、何か突き抜けたものを感じるのは、監督のイメージをスタッフ・キャストが総力を挙げて映像化しているからではないだろうか。何気なくベランダから外を見たジュンジョーが目にする、別の建物の屋上にいる白い老婆。血まみれで、見ているこちらも思わず不安な気持ちが増幅する。また地下鉄でカイティンたちが感染者に襲われる場面では、どう控えめに見ても日本でも起きた通り魔的な犯行を想起させる。日本だったら、間違いなく制作サイドが二の足を踏みそうな場面だが、一切の遠慮がなく、修羅場を描き切っている。感染した高校生たちが、教師を拷問している場面も、現実の事件と無縁ではないかもしれない。

 CGによる街のあちこちから煙が立ち上るショットもあるが、基本は特殊メイクと大量の血糊で恐怖演出をしているのも、この映画に合った、好ましい表現だと思える。特に血の色は鮮やかな赤ではなく、ドス黒い感じの生々しい色合いに調整されていて、それが床一面に広がると、本当に怖いのだ。

 後半はカイティンが逃げ込んだ病院で、必死に感染者の攻撃をかわしながら、ジュンジョーの到着を待つという展開になる。そのジュンジョーも、冒頭の方で、かなりの痛手を負っていて、見ていて本当に痛ましくなってくる。どのような運命が二人を待ち受けるのか、是非とも劇場で確認してもらいたい。

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日本だと二の足を踏みそうな修羅場も遠慮なく描写 「哭悲/THE SADNESS」【飯塚克味のホラー道】

飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【作品情報】
哭悲/THE SADNESS
2022年7月1日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
配給:クロックワークス
©2021 Machi Xcelsior Studios Ltd. All Rights Reserved.

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