一体、何を見せられているのか? 『LAMB/ラム』茶一郎レビュー

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一体、何を見せられているのか? 『LAMB/ラム』茶一郎レビュー

はじめに

 お疲れ様です。昨年「狂っている」とカンヌをザワつかせた話題の新作がついに公開されましたね。今週の新作『LAMB/ラム』はその前評判通り「狂っている」言うならば大人のための母親についてのお伽噺、狂気のブラックコメディ・スリラー、気味の悪い「現代の聖書」です。

総論-どんな映画?

 猫も杓子も映画会社「A24」が少しでも関わっていたら「A24作品」と言われてしまう昨今ですが、本作は「A24配給作品」ですね。「A24製作作品」ではございません。ビジュアル的にこちらは本当の「A24作品」である『ミッドサマー』を想起してしまいますが、一般的な「A24作品」よりアートな映画が『LAMB/ラム』ですね。『ミッドサマー』ほど分かりやすくジャンル的な要素を描いたり、『ミッドサマー』ほど分かりやすく観客に「これ狂ってるよー」と狂気を教えてくれない、故に居心地の悪い気持ちの悪い映画です。少なくとも本作『LAMB/ラム』の魅力はホラーではなく、ハッキリ言うと日本の観客的には松本人志さんの『VISUALBUM』みたいな、ちょっと怖さと狂気を含んだコントと比較されるべきブラックコメディ・スリラーだと思いました。

静かな狂気とようやく見せる作品の輪郭

 舞台は陸の孤島的アイルランドの山間部。そこには主人公たち羊飼いの夫婦と、羊と猫と犬しかいない、かなり非現実的なロケーションです。序盤はこの広大な自然の中、日々、羊を育てている夫婦の生活をひたすらに、淡々と、じーっくり映していく、セリフもほとんどない。夫婦の部屋に羊の群れを描いた風景画が飾られているので余計意識してしまいますが、映画自体もその美しい風景画を見ているかのような美術館的映画体験を観客に与えます。ちょっと寝不足だと寝落ちしてしまうほどの、美術館的静かに淡々と時に不穏に進行する序盤です。

 本作監督のヴァルディミール・ヨハンソンは今回、初長編監督。ヨハンソン監督はハンガリーの巨匠タル・ベーラの下で映画を学んだ、本作では製作総指揮として何とこのタル・ベーラの名がクレジットされています。この『LAMB/ラム』の特に序盤、徹底的に大自然を背景に主人公を淡々と観察する様子にはタル・ベーラが本当に本当にわずかにかすっている。わずかなタル・ベーラタッチと狂気の世界が合流します。

 物語が大きく動くのは、ある日、育てている羊が産んだ子羊が何と半人半獣の羊人間だったと。思わず息を呑んで目を合わせる妻と夫。妻はこの羊人間をアダと名付けて、アダちゃんを自分で育て始めるという『LAMB/ラム』でございます。皆さんもそうだと思いますが私も宣伝で散々、このアダちゃんの姿。子羊版ミノタウルスみたいな姿を知っているので、奥さんが育てている子羊は羊人間だと分かって観れますが、実は巧妙に『LAMB/ラム』は序盤、アダちゃんの全身を映してくれないんですね。ようやく映画始まって30分ごろかな?アダちゃんの全身が映る「あ半人半獣の羊人間だったんだ」とようやく30分で分かる見せ方をしている。つまり30分ほど「何故か羊を我が子のように育てているヤバい奥さん」をひたすらに静かに見せられる、

 先ほど言った通り『ミッドサマー』のように本作は分かりやすく狂気を教えてくれない、静かな、自己主張しないが故にさらにヤバさを増した狂気をじっくり見せられる居心地の悪さ、「あれ僕このまま観客席に座っていて大丈夫ですか?」と辺りを見回したくなる他人の夫婦生活を嫌々見せられているような居心地の悪さを観客に強制します。「私は何を見せられているんでしょうか」。30分ほどでようやく、アダはただの羊ではなく宣伝の通り、羊人間だと分かる。

 ここでなるほどこれは「母性についての」ちょっと狂っている大人のお伽噺なんだとようやく輪郭が見える。序盤数少ない会話シーン、本当に少ない夫婦の会話シーンがあります。「時間旅行・タイムトラベルが理論的には可能になった」という夫、でも夫は「今のままの生活が良い」と言う。その夫に対してどうやら「過去に戻りたがっている」妻の悲しそうな表情を映す。なるほど奥さん、過去に大きな喪失を抱えているのかなと観客に示唆する。その喪失を癒すかのように、子羊を奪って自分の子供として育てる「母性についてのお伽噺」であり、ビジュアル的には母性についてのブラックコメディ・スリラー『LAMB/ラム』が浮かび上がる序盤でございました。

際立つブラックコメディと狂気

 ここから完全に閉ざされた夫婦の世界だった山間部に、あるキャラクターが登場することでよりこの『LAMB/ラム』のブラックコメディ・スリラーとしての魅力が際立ってきます。夫の弟ペートゥルという男が居候として家に来ると。ようやく登場する我々観客が感情移入できる、視点を代入できる第三者の登場。奥さん、子供というかアダちゃんを紹介する。「ちょっと人見知りの女の子なのよね」なんて扉から現れたのはニットを着た半羊半人間。ここで明らかに戸惑うペートゥルの顔を映るショット。これは本作最高の爆笑シーンでしょうね。「そういう顔になるよね」というペートゥルの困惑ショット。ここは僕まだ我慢できたんですが、カット変わるとハシゴを抑えながら地面をボーッとを見つめてタバコを吸っているペートゥルをまた映すカットになって、これは流石に小声で吹き出しましたね。

 最初に言いましたが明らかに本作は、松本人志さんとか、千原兄弟さんのコントとかと比べるべきブラックコメディでしょうね。色々、“気持ち悪おもしろい”シーンはありますが、僕が一番好きなのは、今回日本の宣伝で、板垣巴留先生との描き下ろしのコラボ絵がありました。奥さんとアダちゃんの入浴シーンですね。ここで成長したアダちゃんの裸の上半身が映るんですね。正直、気味が悪いですね。今回、お笑い芸人さんの名前ばっかり出してしまいますが、笑い飯さんの有名な「鳥人」のネタで、「タキシードの胸元を開いて、人間の体と鳥の頭のちょうど境目をみあせてあげよう」ってありましたけど、あれですね。あれを映像にするとこうなるのか膝を打ちました。

 気味の悪い合成感。絶妙にVFXがディズニー映画とかと比べるとやっぱり質は劣っているので、このつなぎ目の合成感がとっても気持ちの悪いんですよ。だからこそ違和感と狂気が際立っているという。引き続きのこの気持ちの悪い映画を見ている時の感情は「私は何を見せられているんでしょうか」ですね。こんな気持ちの悪い映画は中々、少なくとも今年イチだと思います。

宗教的要素

 ペートゥルという第三者の登場によって、改めて「この夫婦ヤバくね?」という客観的な視点が本作の静かな狂気とブラックコメディを際立てる。同時に奥さんはおそらく羊から子供を盗んだ罪悪感からか悪夢にうなされるようになり観客がおおよそ理解できない行動に走ってしまう。ブラックコメディであり、先ほど言った「母性についての狂ったお伽噺」である『LAMB/ラム』も強調されていく。

 本作いろいろなテーマを読み取ることができると思いますが、大きくは「人は過去の喪失とどのように向き合っていくのか」という奥さんの物語が記憶に残りました。この主人公である奥さんマリア、旦那の弟ペートゥルはキリストの使徒ペトロからでしょう。思えばこの『LAMB/ラム』のオープニングは聖夜から始まります。聖夜に羊人間アダちゃんを母羊を身籠った。しばしば映画において「羊」「子羊」はキリストと重ねられますが、そう考えるとアダちゃんはキリストか?神秘の子羊か?マリア、ペトロ、子羊とやたらに全編に張り巡らされたキリスト教的なモチーフ、やや本筋の母親の喪失の物語とは有機的には絡まない表面的な印象も抱いてしまいましたが、聖母マリアが処女受胎、神から子を授かりましたが、この『LAMB/ラム』のマリアは神から子を奪ってくるというキリスト生誕を超変化球的に語ろうとする何とも気持ちの悪い「現代の聖書」だという事が見えてきます。

 ただし聖書と異なってフォーカスされるのはキリストたるアダちゃん以上に母親マリアだという点は、同様にキリスト生誕を変化、逆転させたホラー映画史上最も有名な作品『ローズマリーの赤ちゃん』、『ローズ“マリア”の赤ちゃん』とやろうとしている事は似ているのかなという感じですね。本作の宗教的な要素は、かなり観客が寄り添って解釈しないといけないですが。

さいごに

 この少し狂った「大人のお伽噺」であり、居心地の悪いブラックコメディ・スリラーであり、気味の悪い「現代の聖書」としても見る事ができるという『LAMB/ラム』ですが、軸となるのは「人は過去の喪失とどう向き合っていくのか?」。トンデモない、これは衝撃的としか言えない展開に観客を持っていきますね。ある種、自らの癒しのために子を奪って、自然を搾取していた羊飼いである主人公たちに対する自然からのカウンターパンチと言うべきでしょうかね。ちょっとこんなぶっ飛んだ映画があって良いのか?これはぜひ映画ご覧になってみてください。気持ちの悪く、狂った映画だった今週の新作『LAMB/ラム』でございました。

【作品情報】
LAMB /ラム
公開中
配給:クロックワークス
©️2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSO


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茶一郎
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