1978年の『ハロウィン』と1980年に公開された『13日の金曜日』の大ヒットはホラー映画の作り方を完全に変えた。それまでのドラキュラやフランケンシュタインの怪物のようなモンスターを作り出す必要もなく、古城のセットもいらない。どこにでもあるキャンプ場のような場所で、殺人鬼に若者たちが無残に殺されまくれば、観客は集まると映画会社のプロデューサーは考えを改めたのだ。以降、スクリームクィーンのジェイミー・リー・カーティスが主演した『テラー・トレイン』(1980)や『プロム・ナイト』(1980)、『13金』のトム・サヴィーニが特殊メイクを担当した『マニアック』(1981)、『ローズマリー』(1981)などが続々と作られる。そんな中、誕生したのが、この『血のバレンタイン』だった。
詳しくは同梱の解説書に書いてあるが、カナダの製作会社が作った本作を、『13日の金曜日』を全米配給したパラマウントが獲得し、全米配給に乗り出す。だがあまりの残虐描写にレイティングの問題を気にしたスタジオ側は、1200館で上映することが決まっていたこともあり、R指定に収めるよう該当シーンの削除を行う。全米では1981年2月11日に公開されたが、ヒットには至らなかった。
問題はこの後だ。日本での公開は全米に遅れること約半年、9月12日に決定。因みに劇場は、当時銀座地区では配給会社にとって期待できない映画をかけるニュー東宝シネマ2だった。他の地区でも似たり寄ったりで、大劇場とは程遠いB級チェーン。同時期に『13日の金曜日 PART2』(1981)も公開されているが、こちらは何を間違えたのか伝説の大劇場、テアトル東京で上映。シネラマスクリーンを誇るこの劇場でかかったのは、直後に閉館上映作品『天国の門』(1981)が始まるまでのつなぎだった。どちらも当時の洋画配給大手CICが配給をしていたのだが、9月と言えば、夏休みが終わっての閑散期。あまりヒットが見込めないB級ホラーを上映して、劇場の穴埋めをしていたのが実際だろう。
だが映画の神様の悪戯か、日本にやって来た『血のバレンタイン』の上映プリントは、全米で公開されたR指定版とは別物の、無修正ノーカット版だった。監督と特殊メイクのスタッフが精魂込めて作り上げた数々の人体破壊の様子が丸ごと残されていたのだ。劇場公開時に無修正ノーカット版で観た観客たちの存在が、今回発掘されたアンカット版の発掘へと大きく影響する。わずか2週間で終わった日本の興行。やがて到来するビデオ時代に、わずかな劇場体験者たちは、「あの興奮よ、もう一度」とばかりにビデオを借りたり、レーザーディスクを買い求めたり、熱心にエアチェックを行った。だがどれも米国公開のR指定版で、目にしたはずの映画ではなかった。
やがて本作の再評価の声が高まり、3Dブームの2009年にリメイク版が作られる。そしてその時、プロデューサーの金庫から削除された残酷シーンが発見され、北米でアンカット版のDVDが出されるに至ったのだ。その後、北米では2020年に4Kレストアが行われBD化、2023年には4K UHD化されている。その美麗なマスターを使って、ついに国内版のBDも発売に至ったという次第だ。再評価の際、日本のホラーファンの声がネットを通じて、現地に届いていたのは間違いないと推測するが、実際はどうだろう?
映画の経緯だけで文字数をほとんど使ってしまったが、話も実は丁寧に作られている。バレンタインデーに炭鉱の町で崩落事故が起こり、数日を乗り越えて炭鉱夫のハリー・ウォーデンだけが生き残るが、狂った彼は「バレンタインを祝うな」と殺人事件を起こしてしまう。それから20年後のバレンタイン、同じ町で再びハリーが犯人と思しき連続殺人事件が起き始める。警察はハリーを探すが、次々と犠牲者が増えていく。メインの登場人物の男女3人が三角関係で、何かと暴力沙汰へと発展。また事件を穏便に片付けようとする警察の動きなど、話が複合的に展開して観客を飽きさせない。そして何より炭鉱での虐殺というシチュエーションが画的に新鮮だ。
本作の監督ジョージ・ミハルカは活躍の場をアメリカに移し、多くの作品やテレビドラマを演出。現役の監督として今も活躍を続けている。
今回のBDは従来のR指定版とアンカット版を2枚に分けて収録。画質はさすが4Kレストアと謳うだけあって、高画質を実感できる。特典も監督の音声解説や、キャストの同窓会映像、回想形式のインタビュー、バージョン比較など膨大な量を収録。1日では見切れないボリュームだ。配信で簡単に映画が見られる今、たった1本の映画に大金を払うことに躊躇する人もいるだろうが、ここでしか見られない以上、その価値は十分にあると言えよう。是非、購入して作品世界に浸ってもらいたい。
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飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、WOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』の演出を担当した。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
【商品情報】
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2024年6月21日より発売中
8,800円(税込)
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