2021年、2年ぶりに行われた第74回カンヌ国際映画祭で、最高賞であるパルム・ドールに輝いたのが本作である。今、最も日本で話題になっている『ドライブ・マイ・カー』(2021)など、名だたる世界中の映画を抑えての受賞なのだから、映画ファンならば気にせずにはいられないはずだ。だがジャンルを問われると、ホラーと言いきって良いものか？非常に考えてしまう内容でもあった。
幼い頃、父親が起こした交通事故によって、頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれたアレクシア。成人となった彼女は、殺人衝動が抑えられず、ちょっとしたことで殺人を犯してしまうようになる。またその一方で、車に対して異常な執着心を持ち、車と異常な関係を持ってしまう。やがて追い詰められた彼女は、消防署の署長ヴァンサンと出会う。彼はアレクシアを署に連れてきて、一緒に生活を始めるが、アレクシアの身体に変化が起こり始める。
とストーリーを書くと、普通の展開のように見えるのだが、そんなスムーズなものではなく、かなり歪（いびつ）な筋運びで、通常あるべき描写がなかったり、おかしなところで笑いを取るなど、普段我々が目にしている作品とは全く異なることに、肌がざわつくかもしれない。
ちなみに本作を選び出したカンヌの審査員たちは、審査員長のスパイク・リー監督はじめ、『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホ、『バクラウ 地図から消された村』のクレーベル・メンドンサ・フィーリョ監督、マギー・ギレンホール、メラニー・ロランといったひと癖もふた癖もあるメンバーなので、そのことも頭に入れておいた方がいいだろう。
監督のジュリア・デュクルノーは2016年に作った初の長編作品『RAW ～少女のめざめ～』がカンヌ批評家週間のコンペティション部門で上映され、フィプレシ(国際映画批評家連盟)賞を獲得している。カニバリズムを扱ったこの作品も、怖いというより奇妙なテイストが際立った作りだったが、それゆえに多くの人の共感を得たのかもしれない。フレンチホラーを描いたドキュメンタリー『BEYOND BLOOD』（2018）でも、フランス国内の普通の映画界から無視され続けてきたホラー作品が、『RAW ～少女のめざめ～』の出現で風向きが変わったことが明かされていたが、今回の受賞で彼女の存在は、もはや注視せざるをえないものとなってきた。
出演はアレクシア役を新人のアガト・ルセルが演じているのだが、全裸でのヌードはもちろん、特殊メイクを施された上、血やオイルにまみれたシーンも体当たりで演じていて、今後が期待できる逸材だ。消防署長のヴァンサン役は『ベティ・ブルー／愛と激情の日々』（1986）や『母の身終い』（2012）など、主に脇役として活躍してきたヴァンサン・ランドン。様々な役を演じてきた彼だが、今回のヴァンサン役は、キャリア史上、最も難解で異常で、ぶっ飛んだキャラクターとなっている。
これまでにもデヴィッド・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』(1990)やコーエン兄弟の『バートン・フィンク』(1991)、ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)やミヒャエル・ハネケ監督の『白いリボン』(2009)など、カルト作にも栄冠を与え続けてきたカンヌ国際映画祭。その栄誉あるパルム・ドールを受賞した本作が、あなたの好みに合うか？かなり冒険と言ってもいい映画体験になるはずだ。とりあえず体調だけは万全の状態で映画館に向かってほしい。
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飯塚克味（いいづかかつみ）
番組ディレクター・映画＆DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』（毎週土曜日放送）の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA！』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD＆動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター６ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
TITANE／チタン
2022年4月1日（金）新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給：ギャガ
© KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020
