今回紹介する『心と体』。ちょっと前に『心と体と』（2017）というハンガリー映画の秀作があったが、それとは全く関係ない。とにかくタイトルはホラーを連想させないし、情報も少なく、サムネイルの画像で一か八かで観てみたのだが、これが意外なほど面白いホラー映画になっていたので、ここで紹介させてもらうことになった次第だ。原題は『APPENDAGE』。付属肢、あるいは付属器官。つまり動物の手足やひれなど、構造の主要部（つまり本体） から飛び出している部分のことを指す。
主人公は母親との関係に悩む、若いファッションデザイナーのハンナ。表面的には元気そうに見えるが、内心では自己不信に苦しみ、限界点すれすれを歩いて生きている。職場では嫌味なデザイナーに意味不明な評価を下され、ストレスは溜まるばかり。精神状態が極限に達した時、彼女の脇腹に突起物ができ、段々と成長をはじめ、やがて独立した生き物になっていく。ハンナの状態が悪化するにつれ、“それ”は成長を加速させる。やがて、ボーイフレンドや親友との関係まで信じられなくなり、極限に達した時、ハンナに大きな変化が起きる。
ハンナの身体から湧き出る“それ”は、古くは『バスケットケース』（1982）、またお尻から分身が出てくる『バッド・マイロ！』（2013）、そしてネタバレ厳禁の『マリグナント 凶暴な悪夢』（2021）を思わせる恐るべき姿になっている。だが同時に本作での“それ”は何ともチープな作りで、気持ち悪いものの、いかにもな手作り風の感じなのが、昔のホラーといった雰囲気で、オールドファンにとってはポイントが高い。最新のCGばかり見ている若い層にはかえって新鮮に見えるかもしれない。
本作、尺が95分と短いのもいいのだが、展開は非常に早く、中盤では大きなひねりが加えられている。後半に行くに従って、高尚なテーマが表面化していき、エレベイテッドホラーと化していくのも大きな魅力となっている。映画のスタート時点では、確かに先に挙げたようなモンスターホラーなのだが、見終わった時の印象は『ババドック ～暗闇の魔物～』（2014）や『ウィッチ』（2015）のロバート・エガース作品、あるいは『ミッドサマー』（2019）のアリ・アスター作品なのだ。
本作を完成に導いたのはアンナ・ズロコヴィッチ監督。これまで短編やテレビの仕事を手がけ、本作でついに長編デビューを果たしている。この監督は製作と脚本もこなしており、要は全体をセルフコントロールすることで、自分ならではの世界観を作り出すタイプと言えよう。本作では音楽が極力抑えられ、観客の感情がどこを向いたらいいのか、なかなかつかめない点が面白く感じられた。主演のハドリー・ロビンソンは主演作こそ少ないものの、トニ・コレットやエイドリアン・ブロディ、クリスチャン・ベイルといった一級のスターたちと共演歴があり、多くのものを吸収してきたとみられる実力派だ。
こうした作品がさりげなく配信されて、多くの眼に触れず消えていくのは本当に忍びない。確かにぱっと見、地味な印象なのだが、来年3 月に開催されるサウス・バイ・サウスウエスト映画祭でプレミア上映される予定もあるそうで、これから話題に上ってくる可能性も否定できない。どのような基準で配信が先行しているのか、さっぱり分からないが、観られるものは早めにチェックすべきだろう。『心と体』にはその価値がある。
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飯塚克味（いいづかかつみ）
番組ディレクター・映画＆DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』（毎週土曜日放送）の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA！』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD＆動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター６ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
【作品情報】
『心と体』
ディズニープラスのスターで独占配信中
©2023 20th Century Studios
