娘を亡くした夫婦がたどる地獄への一本道 名匠ニコラス・ローグのこだわりが4Kで復活 『赤い影』

映画スクエア

著者名:飯塚 克味

飯塚克味のホラー道 第97回『赤い影』

娘を亡くした夫婦がたどる地獄への一本道 名匠ニコラス・ローグのこだわりが4Kで復活 『赤い影』
『赤い影 <4Kレストア特別版>UHD BD & Blu-ray』

 今回、紹介する『赤い影』は、デヴィッド・ボウイ主演の『地球に落ちて来た男』でも知られるニコラス・ローグ監督の代表作だ。監督になる前は撮影監督して『アラビアのロレンス』(1962)やロジャー・コーマンの『赤死病の仮面』(1964)、フランソワ・トリュフォーの『華氏451』(1966)などに参加。1970年にミック・ジャガーが主演した『パフォーマンス』で監督デビューしている。ニコラス・ローグ監督が得意とするのは現実とも夢ともつかない謎めいた世界感の構築で、ホラーとの相性も良く、そうした点が長年カルトの地位を維持してきた理由だと思っている。そんな彼の代表作が、撮影監督によるレストア版で、新規特典も追加された形で、4K UHDになって、リリースされた。

 原作は『レベッカ』と『鳥』があまりにも有名なダフネ・デュ・モーリアの短編。短編だからこその肉付けが見事で、本作が成功したのは、映像化に際して、全力を尽くして監督のイメージを具体化したスタッフたちの功績が大きい。

 主演は今年の6月に他界したドナルド・サザーランドと、『ドクトル・ジバゴ』(1965)など名作への出演が多いジュリー・クリスティ。二人とも、キャリア絶頂期ということもあり、サザーランドはスタントにも挑戦し、クリスティも役作りに並々ならぬ力を注いだという。

 物語は、冒頭のショッキングシーンから始まる。外で遊んでいる子どもたち、室内で仕事をしている夫婦が交互に写され、赤いレインコートを着た娘が誤って近くの池で溺れて死んでしまう。この時、娘を発見し、水の中から抱き上げるドナルド・サザーランドの演技がすごいショットになっていて、これぞ映像の力と思わせてくれる。娘の死に驚いた妻役のジュリー・クリスティの叫び声で、舞台はヴェニスに移り変わる。どれくらい後か分からないが、少しは夫婦の傷も癒えたように見える。そこで妻は不思議な力を持つ老姉妹に出逢い、夫は教会の修復の仕事をしながら、赤い影を目撃する。奇しくもヴェニスでは謎の連続殺人事件が起きていた。

 この映画、予備知識なしでいきなり観たら、多くの人が面喰うはずだ。特に今の何でもかんでも分かりやすく作り込んだものしか観ていない人には、極めて不親切な作りになっている。だが、繰り返し鑑賞しているうちに、キャラクターの心情や、画作りの丁寧さに気付き、いつの間にか夢中になってしまう魅力に満ちている。中でも父親が、ちょっとした予知能力みたいなものを持っていて、昔風に言うとヤマカンとか、シックス・センスとでも言えばいいのか、不吉な先読みができてしまうところが、絶妙な映像表現として完成しているので、チェックしてもらいたい。

 この映画、製作は1973年だが、日本での公開は1983年だった。たしかに1973年では時代の先を行き過ぎていたかもしれないし、超能力ブームが落ち着いて、ホラーの時代が到来する直前での公開というのは、いいタイミングだったと思う。自分は一般向けの試写会で観たのだが、公開は昔、新宿・歌舞伎町にあったミニシアターの草分け的存在、シネマスクエアとうきゅうだった。映画会社が扱いに困っているクセのある作品を公開していたこの劇場で、ウェルナー・ヘルツォーク監督の『フィツカラルド』(1982)に続いて、8月公開となったのは、結果的にとても良かったと思っている。

 レストアされた4K UHDについても触れておこう。修復を担当したのは、撮影監督のアンソニー・リッチモンド。ニコラス・ローグ自身は2018年に他界している。レストア前後の比較映像も特典で入っているが、締めるべきは締め、出すべき色はしっかり出す、それでいてデジタル臭さを感じさせない見事なレストアだ。色味ではやはり、映画の随所に配された赤が鮮やかで目に飛び込んでくる。特典ではUHDディスクに収められた『PASS THE WARNING』が興味深かった。デヴィッド・クローネンバーグ、ダニー・ボイル、ブラッド・バードらが本作への思いとこだわりを熱く語る、ファン必見の内容になっている。

 以前見たという人も、また見直せば、きっと新たな発見があるはず。ニコラス・ローグ監督の傑作を、今一度、高画質で体験してもらいたい。

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娘を亡くした夫婦がたどる地獄への一本道 名匠ニコラス・ローグのこだわりが4Kで復活 『赤い影』

飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、WOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』の演出を担当した。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【商品情報】
『赤い影 <4Kレストア特別版>UHD BD & Blu-ray』
8,360円(税込)
発売元:是空
販売元:TCエンタテインメント
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