クラウドファンディングで億単位の製作資金を集めた18禁映画 あの名作児童書が元ネタ 『マッド・ハイジ』

映画スクエア

著者名:飯塚 克味

クラウドファンディングで億単位の製作資金を集めた18禁映画 あの名作児童書が元ネタ 『マッド・ハイジ』

飯塚克味のホラー道 第53回 『マッド・ハイジ』

 先日、『プー あくまのくまさん』(2023)が公開されたばかりだが、今度はスイスから『アルプスの少女ハイジ』を元ネタにしたトンデモ映画がやってきた。『アルプスの少女ハイジ』は言うまでもなく、スイス人作家ヨハンナ・シュピリの児童書が原作で、1920 年の無声映画をはじめとして世界中で映像化されてきた。直近では、おじいさんを名優ブルーノ・ガンツが演じた『ハイジ アルプスの物語』があった。日本では、 1974 年の TV アニメ版が大ヒットし、この令和の時代でも家庭教師のCMでお茶の間におなじみの存在として生きながらえている。そんな世界中から愛されているハイジを使って、自由な発想で、やりたい放題の映画を作ってしまおうという連中が現れたのだから、何とも頼もしい話ではないか。因みにこの映画は18歳未満鑑賞不可の堂々たる“18禁”映画である。

 登場人物は基本、原作に忠実だが、話は最初からぶっ飛んでいる。優しいおじいさんに育てられ、24歳に成長したハイジは、恋人であるペーターともしっかり大人の関係になっている。だが禁じられた闇チーズの生産に励んでいたことが国家にバレてしまい、独裁者の怒りに触れたペーターは公衆の面前で銃殺。おじいさんも山小屋こと爆殺されてしまう。ハイジは矯正施設に送られ、復讐を誓いながら辛い日々を送ることに…。

 とまあこんな感じで話が進み、好き者にはたまらない展開が用意されている。どこの映画会社がこんな映画を作ったのかと思ったら、なんとスイスの映画人たちがクラウドファンディングで製作資金を集めたとのこと。19カ国 538 人が参加し 200 万スイスフラン(約 2 億 9000 万円)が集まったというから規模が違う。最高額を出した人は10 万スイスフラン(約 1450 万円)以上を出したというのだから、金持ちの物好きもいることに驚かされる。最終的な製作費は320 万米ドル(1ドル=137 円の計算で、約4億 3800 万円)。十分すぎる予算だが、これをしっかり映画に反映しているのが、この作り手の素晴らしいところだ。

 こんなにお金が集まってしまうと、日本なら大して集客力もないタレントに大金をつぎ込んだり、悪徳プロデューサーが着服してしまったりしそうだが、彼らは違った。衣装やセット、VFXにしっかりと金をかけ、ハリウッド映画にも引けを取らない映像を連発して見せてくれる。ハイジの特訓シーンでは『ベスト・キッド』(1984)のような訓練に始まるが、あれよあれよという間に『ハイランダー/悪魔の戦士』(1986)を思わせる空撮が入り、『死霊館のシスター』(2018)までもが登場する。話だけ聞くと、ふざけたようにしか思えないが、冗談も徹底すれば、拍手を送らざるを得なくなるのだ。完成した映画は世界中のファンタスティック映画祭で絶賛され、観客賞の受賞にも至っている。

 エグゼクティブ・プロデューサーのテラ・カウコマーは、やはりクラウドファンディング映画の『アイアン・スカイ』(2012)を成功させた人物。続編の『アイアン・スカイ/第三帝国の逆襲』(2019)はあまり上手くいったとは思えなかったが、本作ではそのセンスが見事にさく裂し、世界中の出資者を納得させているはずだ。監督はヨハネス・ハートマンとサンドロ・クロプシュタインのコンビ。最近、二人で仕事をすることが流行っているのか、隅々までオタク魂が宿った映像は、本当にたまらない仕上がりになっている。

 また日本語吹替版では、内田真礼がハイジ役を、久保ユリカがクララ役を務めており、こちらも字幕版とはしごで見るのもいいだろう。

 本作は、誰がどう聞いてもバカげた企画にしか思えない内容を、真剣に丁寧に映像化し、それでいて破綻しない構成で見せてくれる。相当な情熱がなければ決して成しえない仕事を完成させ、世界中のジャンル映画ファンを楽しませてくれた作り手には賞賛の拍手を送りたい。

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クラウドファンディングで億単位の製作資金を集めた18禁映画 あの名作児童書が元ネタ 『マッド・ハイジ』

飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【商品情報】
マッド・ハイジ
2023年7月14日(金)ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサほか全国公開
配給:ハーク/S・D・P
(C)SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

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