この連載、今回で100回を迎えました。ここまで続けられたのも、いつも読んでくださる読者の皆さまのお陰です。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
映画でクモと言えば、普通の人は『スパイダーマン』(2002)を想像するのだろうが、パニック・ホラー好きなら、『ジャイアント・スパイダー/大襲来』(1975)や『巨大クモ軍団の襲撃』(1977)、『アラクノフォビア』(1990)や『スパイダー・パニック!』(2002)辺りを思い浮かべるのではないだろうか?どういう訳か、リアルなクモを見るのは苦手だが、スクリーンの中で、時にはデカいサイズのクモが出てきて、登場人物がワーワーキャーキャー言って、逃げ惑う姿を見るのはとても楽しいのだ。そんな偏屈な指向の人々にピッタリの映画がフランスからやって来た。何でも過去20年のフランスでのホラー映画でトップの成績をたたき出したというのだから、この手の映画が好きならば、全員映画館に集合して間違いない。
映画は中東のどこかの国で始まる。金欲しさに希少価値のある毒クモを果ての地で採取する人々。当たり前のように1人が犠牲になり、クモは捕らえられる。場面はフランスに移り、低所得者向けの巨大アパートで暮らす青年カレブが、そのクモを購入する。彼は自分の部屋でムカデやカエルなど様々な生物をペットとして飼っていた。だがクモが逃げてしまったことでアパート全体を巻き込む大パニックへと発展してしまう。
監督・脚本のセバスティアン・ヴァニセックは短編を数本撮った後、本作で初の長編デビューを果たした1989年生まれの新鋭だ。本作の成功を受け、サム・ライミがプロデュースを務める『死霊のはらわた』シリーズのスピンオフを手がけることが決まっている。今のうちにチェックしておいて、損はない。
出演は主人公のカレブにテオ・クリステーヌ。ハリウッド映画『グランツーリスモ』(2023)に出演していたので、記憶している人もいるだろう。彼が演じるカレブが、このジャンルの映画の主役として、非常に特異で面白い。というのも全ての諸悪の原因は彼にあるからだ。普通、こうした原因を作る人間は冒頭で死ぬことが多く、とても主人公には設定し得ないはず。後半、亡くなった犠牲者を前にして「俺はクソだ!」と泣き叫んだり、アパートを隔離し、住民を建物内から出そうとしない警察を罵倒する場面でも、観ているこちらは「全ての原因はお前だろ」と思ってしまい、一切同情できない。そんな彼がどんな運命をたどるのかも映画の見どころになっている。
監督のホラー演出も冴えまくっている。カレブの友人の女性がシャワー室でクモを見つけ大騒ぎになり、男の友人が駆け付けるが、その彼は「殺生はしない」と言って、何とかコップで捕獲しようと試みる場面は、映画館なら笑いがこぼれてしまうほどリアルだ。もちろんカレブの友人の女性は「殺せ!殺せ!」の大連呼。クモはゴキブリを捕まえることから、普通の家庭でもこんな風に意見が割れる場面があるはずだ。
タイトルについても触れておきたい。原題の『Vermines』は“害虫”を意味する。これは監督によると郊外に暮らす貧困層や、差別を受けている人々を指すらしい。自身の生活区域から出ようとすると、途端に害虫扱いされる。そんな意味が込められているそうだ。因みに英語のタイトルは『Infested』。こちらは“多数で侵入する”という意味で、邦題の“増殖”につながっている。個人的には分かりやすく振り切った『スパイダー/増殖』が日本人にはピッタリだと思う。
あと嬉しかったのが、日本語吹替版の公開だ。ハリウッドメジャーや、アニメ作品では吹替版の製作は当たり前だが、この手のジャンルの作品で、吹替が作られ、劇場で公開されるのは稀だ。吹替版を作るという事はそれだけ予算のかかることであり、劇場側にとっても字幕版と合わせ、倍の回数が要求されることでもある。これは配給会社の画面をしっかり見てほしいという気持ちの表れに違いない。最初は字幕・吹替どちらでもいいのだが、もし気に入ったら、次は別の版を楽しんでほしい。主人公カレブの声優は、ジャイアンでおなじみの木村昴が担当している。
恐らく上映館では、隣や前後の観客が「ギャーギャー」や「うわっ!」「うえ~」など、連発するはずだ。でもどうか大目に見てもらいたい。次の場面ではあなた自身が叫ぶことになるかもしれないからだ。
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飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、WOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』の演出を担当した。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
【作品情報】
スパイダー/増殖
2025年11月1日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかほか全国順次公開
配給:アンプラグド
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