「加害者の真実への認識を促そうとする姿勢が印象的」 渋谷哲也教授コラム 「ファイナル アカウント」

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「加害者の真実への認識を促そうとする姿勢が印象的」 渋谷哲也教授コラム 「ファイナル アカウント」

 2021年の放送映画批評家協会ドキュメンタリー賞で、最優秀歴史・伝記ドキュメンタリー賞・楽曲賞にノミネートされた映画「ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言」の劇場公開が、8月5日からスタートした。

 「ファイナル アカウント 最後の証言」は、アドルフ・ヒトラー率いるナチス支配下のドイツで“第三帝国”にかかわった市井の人々の証言と、アーカイブ映像によるドキュメンタリー映画。ナチス政権下に幼少期を過ごし、戦後長い間沈黙を守ってきた、ナチスの精神を植え付けられて育った高齢者たち。加害者側である第三帝国に参加したドイツ人やオーストラリア人の高齢者たちへのインタビューにより、ナチスへの加担や受容したことを悔いる言葉だけでなく、自己弁護や言い逃れ、ヒトラーを支持する赤裸々な本音までが記録されている。

 このたび、ドイツ映画・映像文化研究者で、本作の日本語字幕監修を担当した日本大学文理学部の渋谷哲也教授による、本作をより深く理解するための手引きとなるコラムが公開された。コラムの抄録は以下の通り。コラム全文はhttps://finalaccount-movie.blogspot.com/2022/08/blog-post.htmlで読むことができる。

【コラム ナチス時代のドイツ人は「怪物」だったのか? 抄録】

 ホロコーストのような正視に耐えない事実を否定しようとする心情は、ドキュメンタリー映画において数多く記録されてきた。とりわけ『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』(1999)で、ナチス親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンは法廷で自らの有罪を認めようとしない。命令に服従せざるを得なかったと弁明するアイヒマンは決して罪を悔悟することはなかった。アイヒマンのような極端例だけでなく、ナチスに加担した人々は程度の差こそあれ言い逃れや事実の矮小化を行なっていた。しかしナチス体制の時代から70年以上が経過し、当時を生きた人々はどんどん少なくなってゆく。生き残った人々が事実を語らないとなれば、後の時代を生きる者たちはどのように過去を見極めればよいのだろうか。ホロコースト当事者の声を記録した9時間の超大作『SHOAH ショア』(1985)でクロード・ランズマン監督は迫害されたユダヤ人だけでなく、強制収容所の看守にもインタビューを行っている。彼らの言葉が曖昧になるとすかさず論理的に鋭く疑問を投げかけ、明確な叙述を求める。加害者の語りは残虐行為を過小に見積もって表現しようとする。そうした隠蔽から無理やりに証言を引き出そうとするのである。

『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』においてランズマン監督が発したような鋭い追及の声があったとしたら証言者たちの反応はどう変わっていただろうか。ナチスの親衛隊であれ国防軍であれ第二次大戦に参戦したドイツ人が自らの体験を客観化し批判を貫徹する語りに至ることは極めて困難だ。むしろヒトラーに対する好意的な言説をカメラの前で率直に語らせることがこの映画の衝撃的な見せ場となっているが、それはいま世界の各所でネオナチの排外主義的な言動が増大しているのを見る限り、むしろこうした考え方はこれまで表立って語られなかっただけでずっと継承されてきたのだと思わざるを得ない。ルーク・ホランド監督自身ユダヤ人の出自をもつが、ランズマンの糾弾とは異なり静かに寄り添うように加害者の真実への認識を促そうとする姿勢が印象的だ。もちろんランズマンの時とは違って当事者たちがかなり高齢となっていることで手荒な手段は憚られるということもある。それにしても真実を手に入れるために敢えて優しく寄り添い耳を傾けるという方法は、暴力の連鎖がたやすく過剰反応を拡散させるSNS時代の「炎上」文化への明快な批判の態度であるだろう。またファシズム批判が敵の殲滅へとエスカレートするロシアのウクライナ攻撃の実情を見せられた今、一見もどかしいながらもこうした非暴力的な対峙の手法は現在においてこそ真摯に取り組むべき真実追及の手法といえるのかもしれない。

「加害者の真実への認識を促そうとする姿勢が印象的」 渋谷哲也教授コラム 「ファイナル アカウント」

【プロフィール】
渋谷哲也(しぶたにてつや)
ドイツ映画・映像文化研究者/日本大学文理学部教授
1965年兵庫県生まれ。著書に「ドイツ映画零年」、共・編著書に「ナチス映画論 ヒトラー・キッチュ・現代」、「ファスビンダー」、「ストローブ=ユイレ シネマの絶対に向けて」など。『ドストエフスキーと愛に生きる』(2009)、『わすれな草』(2013)他多数の字幕翻訳を手がけ、未公開ドイツ映画の自主上映イベントも行う。

【作品情報】
ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言
2022年8月5日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
配給:パルコ ユニバーサル映画
©2021 Focus Features LLC.

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