1945年、沖縄県伊江島。米軍による戦闘が始まり、伊江島出身の若い兵士・安慶名セイジュンと、本土から派遣された宮崎県出身の上官・山下一雄は、ガジュマルの木の上に逃げ込む。飢えに苦しむなか、米兵の食料を盗んで命をつなぐ2人。やがて2年が経過しても戦争の終結を知らないまま、彼らは隠れ続ける。
本作は実話を基にした作品で、原案として井上ひさしの名前がクレジットされている(ただし、残されていたのは2行の文章のみだったという)。その後、井上の娘が座長を務める「こまつ座」によって舞台化され、沖縄出身の平一紘が監督・脚本を務めて映画化された。全編が沖縄でロケ撮影され、伊江島に実際に生い茂るガジュマルを用いて撮影されたという。
良い作品だと思う。もっと劇的に描くこともできたはずだが、どこか“日常系”とも言えるような、木の上での2人の生活を丹念に追う作りになっている。そもそも彼らの境遇自体が十分に劇的である以上、過剰な演出はかえって嘘くさくなりかねない。この選択は正解だったのではないだろうか。
今年は太平洋戦争の終結から80年にあたる。あの戦争について少しでも興味のある人には、ぜひおすすめしたい1本だ。
!!以下は本編ご鑑賞後に読むことをオススメします!!
2人が「考え方も境遇も異なる人物」として描かれていることは、本作の大きなポイントだろう。セイジュンは伊江島が地元で、当時の平均的な愛国心は持っていそうだが、深く考えている様子はない。父親がいなくなった影響で精神のバランスを崩した母親や、親友の与那嶺とその家族を大切に思ってはいるが、日本の未来についての思想的な関心は薄そうだ。頭の回転が早いわけではなさそうだが、気のいい人物として描かれている。
一方、山下は本土から島の防衛を命じられて派遣された軍人であり、伊江島を戦略上の重要拠点として認識している。部下に対しては厳格に接する、真面目で理念に生きるタイプの人物だ。
さらに重要なテーマとして「飢え」がある。敵国の缶詰を見つけたとき、すぐにでも食べたいと願うセイジュンに対し、山下は敵国の食料を口にすることを拒絶する。セイジュンが日本の缶詰だとウソをついて食べさせたことが引き金となったのか、山下はアメリカ軍のゴミ捨て場に捨てられた残飯のスパゲティをむさぼるように食べ、やがて自ら進んで残飯を漁るようになる。
興味深いのは、それまで本作のナレーションは山下が担っていたのに、この出来事を境にセイジュンのナレーションに切り替わる点だ。理念で戦ってきた山下にとって、敵の残飯で生きることを受け入れた瞬間こそが、彼の中で戦争が終わった象徴なのかもしれない。
残飯を漁るようになってからの2人の生活は、目に見えて快適になっていく。その皮肉が効いている。酒やタバコに加え、女性のヌードが掲載された雑誌も手に入るようになり、ついには米兵の軍服まで身にまとうようになる。
そんな生活にある程度の満足を見せる山下に対し、セイジュンの中では戦争が終わっていない。親友を殺され、妹は目の前で爆死し、位牌が捨てられているのを見て怒りをあらわにするセイジュンの姿は、彼が「島の内側」にいる人間であることを強く示す。外部から来た山下との違いは、物語が進むにつれてますます明確になっていく。セイジュンは「もう島は元には戻らないかもしれない」と、島の未来に不安を抱いている。
このセイジュンの思いは、現在の沖縄の人々の心情とも重なるように見える。彼の言葉通り、伊江島は今も「元には戻っていない」。実際に現在でも島の35%は米軍基地だという事実を知ると、その思いはより強く響いてくる。
本作は、「沖縄の人々による沖縄戦の映画化」を目指して制作されたという。監督も沖縄出身だと聞いたとき、一抹の不安もあった。現在の沖縄の状況を、あまりにも露骨に政治的に描く作品になっているのではないかという懸念があったからだ。もちろん、そうした作品が存在する価値はあるが、個人的には本作にはもっと広い間口を持っていてほしいと願っていた。
だがその不安は杞憂だった。沖縄の人々の思いをしっかりと描きつつも、映画は戦争によって生まれた一つの物語に焦点を当て、一定のエンタメ性も確保した間口の広い作品に仕上がっていた。
セイジュンを演じた山田裕貴と、山下を演じた堤真一は、ともにすばらしい。とくに山田裕貴は、気のいい青年(やや沖縄人のステレオタイプ的描写はあるが)を、まるで素そのものかと思わせるほど自然体で演じていた。ラストで見せる2人の表情には、歴史や信念を超えた、ただ「がんばった」2人が互いをねぎらうような穏やかさがにじんでいる。
冬崎隆司(ふゆさきたかし)
映画ライター、レビュアー、コラムニスト
1977年生まれ。理屈に囚われすぎず、感情に溺れすぎず。映画の多様な捉え方の1つを提示できればと思っています。
映画レビュアーの茶一郎さんとのポッドキャスト「映画世代断絶」も不定期更新中。
【作品情報】
木の上の軍隊
2025年6月13日(金)沖縄先行公開/7月新宿ピカデリー他全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2025「木の上の軍隊」製作委員会