幽霊屋敷物がベースの怪奇映画そのもの ホラーファンも観るべき1本 『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』

映画スクエア

著者名:飯塚 克味

幽霊屋敷物がベースの怪奇映画そのもの ホラーファンも観るべき1本 『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』
(c) 2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

飯塚克味のホラー道 第59回『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』

 実を言うと、今回取り上げる『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』はホラー映画ではない。ケネス・ブラナーが監督と主演を務める、アガサ・クリスティ原作のミステリーシリーズの3作目だ。ではなぜ、本作をここで紹介するのか?それは本作の設定が幽霊屋敷物をベースに作られた怪奇映画そのものだからである。サブタイトルに『ベネチアの亡霊』とあるように次から次へと怪奇現象が飛び出し、ポアロを困惑させていくのだ。ミステリーファンは黙っていても駆け付ける作品だが、意外なところで筆者のようなホラーファンも観るべきだと感じ、今回リストに入れさせてもらった。

 話はこうだ。探偵業を引退し、ベネチアで悠々自適なアフターライフを送っていたエルキュール・ポアロ。彼の前に、かつての旧友で推理作家のアリアドニ・オリヴァから「どうしても本物にしか見えない女性霊能者がいる。彼女が、子どもの亡霊が出る屋敷で降霊会を開催するので、インチキを暴いてほしい」と頼み込まれるのだ。やむを得ず降霊会に参加するポアロ。だが儀式の後、本当の殺人事件が起きてしまう。それは霊の仕業か、それとも犯人がいるのか?引退していたポアロの心に再び真相を暴こうとやる気がみなぎってくる。

 こうしてあらすじを語っている分には確かにミステリーなのだが、映画を観ると全編に渡って古き良き怪奇映画のムードが立ち込めているのが分かってもらえるはずだ。冒頭の降霊会は映画ならではのドッキリ演出が、怪奇色を濃厚にしてくれる。事件が起こってからは、ポアロ自身も霊的な体験をすることになる。一番効果的だったのが、子どもの亡霊の声を聴くくだりだ。後方のチャンネルからささやくような子どもの声が響き、霊の存在を信じないポアロが困惑する様子が、観客にも分かりやすく重なってくる。ホラー映画でおなじみの、鏡を使ってのショッキングシーンの演出も巧みだ。

 画面サイズが全2作のスコープサイズからビスタサイズに変わったこともプラスになっている。映画のほとんどが屋敷内で進行するため、横幅の広いスコープサイズだと見逃してしまう要素も多いため、あえて左右の幅が狭いビスタを選択したのではないかと思われるが、これが実に見やすくなっている。IMAXとも相性がいいので、劇場選択の参考にしてもらいたい。

 キャストは今回もゴージャスな面々が揃っている。何といっても目を引くのが、今年のアカデミー賞で主演女優賞を受賞したミシェル・ヨーの霊能者レイノルズだ。いかにもな登場シーンから、悪口を言っているのを聞きつけると後ろから「リスニ~ング」(聞いてるわよ)と吹き出しそうになるくらい大げさな演技を見せ、観客を楽しませてくれる。ポアロの助手役になるオリヴァにはティナ・フェイ。いつものコメディ演技を封印して、シリアスな世界観に染まっているのは新境地と言えよう。屋敷で医師として雇われているドクター・フェリエには『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(2015)やブラナーの監督作『ベルファスト』(2021)でも好演していたジェイミー・ドーナン。他にも実力派の俳優たちが揃っているので、彼らの名演も併せて観てもらいたい。

 原作はアガサ・クリスティの長編66作のうち、60作目にあたる『ハロウィーン・パーティ』。これまでの『オリエント急行殺人事件』(2017)や『ナイル殺人事件』(2022)のような知名度こそないものの、それが却って新鮮さを映画に与え、ラストまで緊張感を持続させている。原作には映画版とはまた違った魅力があるので、是非、こちらも手に取ってみてほしい。

 実は筆者は前2作をそれほど高く評価していないのだが、本作は人物紹介から事件の流れまで非常に洗練された作品になっていたと感じた。3作目にしてケネス・ブラナーの本領が見事に発揮された印象になっている。是非、映画館で、その職人芸を確かめてもらいたい。

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幽霊屋敷物がベースの怪奇映画そのもの ホラーファンも観るべき1本 『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』

飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【作品情報】
名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊
2023年9月15日(金) 劇場公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c) 2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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