万引き家族 に続く “人身売買” 家族 『ベイビー・ブローカー』茶一郎レビュー

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万引き家族 に続く “人身売買” 家族 『ベイビー・ブローカー』茶一郎レビュー

はじめに

 お疲れ様です。茶一郎です。今週の新作は『ベイビー・ブローカー』。『そして父になる』『海街diary』等々の名作、『万引き家族』ではカンヌを制した是枝裕和監督最新作。フランスに進出した前作『真実』に続き、今度は韓国に進出。韓国の超豪華俳優とのコラボレーション作品『ベイビー・ブローカー』ですが、まぁ感動しました。泣きました。そして前作『真実』がそうだったように、国境を越えてもやはり是枝純度は落ちない。是枝ユニバース度100%。是枝作品的「家族」の再定義が、韓国映画の文脈で再現されます。“一体、どんな映画なのか?”という事で、今週の新作は『ベイビー・ブローカー』でお願い致します。

あらすじ

 主人公サンヒョンは教会の「赤ちゃんポスト」ベイビー・ボックスに入れられた赤ちゃんを、教会の職員ドンスと手を組み、養子縁組に売る「赤ちゃん人身売買屋」、超違法の“ベイビー・ブローカー”です。ある晩、いつものように赤ちゃんを売ろうと、自宅に連れ帰るサンヒョン。しかし翌日、その赤ちゃんの母親であるソヨンは自分の赤ちゃんが教会に預けられていない事に気付いてしまう。人身売買が明るみになる事を恐れたサンヒョンとドンスは、ソヨンに真実を告げ、一緒に新しい親を探す。母親と一緒に親探しの旅に出るという『ベイビー・ブローカー』でございます。

どんな映画?

 「赤ちゃんポスト」しかも「人身売買」という、とてもシリアスなモチーフを扱いながら本編は重すぎない。何なら時折、劇場で笑いが漏れるような映画に仕上がっていた事にまず驚きましたね。ポスターからして「これ本当に人身売買の映画?」と、想像もつかない明るい映画に見えますが、全く間違っていなくて。本作、ジャンルとしてはロードムービーに当てはまります。監督過去作では2011年の『奇跡』と少し感触が似ているかもしれません「親と一緒に子を買ってくれる親を探す」というとっても奇怪の設定ではありますが、そんなロードムービーが軸にございます。

 そしてその旅の面々はとても個性的で、韓国の超豪華俳優の皆様が演じています。『パラサイト 半地下の家族』に続き本作でもダメな父親をコミカルに見せます。ソン・ガンホ演じる主人公サンヒョンは、犯罪に手を染めなければいけないほどの大きな借金を抱え、離婚をして家族と離れて生活をしている。サンヒョンの相棒であるドンス。カン・ドンウォン演じるドンスは親に捨てられ養護施設で育った過去がある人物。同じ養護施設に入っている少年ソジンも施設を脱走して旅に途中合流。旅の発端である母ソヨン、IUことイ・ジウン演じるソヨンは何やら事情を抱え、子を「赤ちゃんポスト」に入れたという旅の面々。全員がいわゆる世間的な正しい「家族」とは少し離れた、「家族」というものに対してそれぞれ別の心の傷を負っている人物。親のいない少年ソジンにとってサンヒョンは親代わり、父代わりになり得る存在であり、子を手放そうとしている母ソヨンは、かつて自分を捨てたドンスの母親と重なってくる。お互いの存在が、お互いの心の傷の原因に近い立場であり、お互いがお互いの心の傷の当事者でもある、当事者だからこそお互いが心の傷を癒し得る関係性、お互いがお互いの罪を許しあえる関係性であると。そんな人物設定になっています。そんな彼らが旅を経て新しい「家族」というものを再定義するという、言わば監督前々作『万引き家族』に続く「人身売買家族」擬似家族の物語を、韓国ロードムービーとして再現したという『ベイビー・ブローカー』です。

 しばしばロードムービーは、旅をする登場人物が使用する「乗り物」がテーマを表す訳ですが、彼らが乗るワンボックスカーは、バックドア、後ろのドアのロックが壊れて、運転中もドアが開いてしまうという。彼らの心の傷、世間的には不完全な「家族」である5人の集団を表すような乗り物=ワンボックスカーがとても印象的でした。素敵なモチーフです。

真の主人公-そして母になる

 『万引き家族』ならぬ「ベイビー・ブローカー家族」、「血」を超えた擬似家族ロードムービーである本作ですが、それ以上に母ソヨンの物語の色が強いですね。一応、宣伝ではソン・ガンホ演じるサンヒョンが主人公という事ですが、個人的主人公は完全にソヨンでしたね。物語の発端である「赤ちゃんを手放さざるを得ない」状況に置かれたソヨンに対して丁寧に丁寧にカメラは寄り添って、横顔から、真正面、時には顔を映さない。適切な距離感をカメラはソヨンに対して保ちます。特にソヨンに対して、演じるイ・ジウンに対して繊細に演出しているのが伝わりました。スクリーンに映るだけで映画が豊かになる、映画ファンの目に慣れた有名俳優ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナの一方、ソヨンを演じている俳優としては新人イ・ジウンのどこか不安定な存在感も、観客にソヨンというキャラクターを強く印象付けていると思います。イ・ジウンさん最高でした。

 『ベイビー・ブローカー』発想のきっかけについて、これは制作当時から是枝監督が色々な媒体で仰っているのでご存じの方も多いと思いますが、2013年『そして父になる』の記者会見で監督が 「女性は子どもを産むと母になるが、男性が父になるには階段を上っていかないといけない」と仰った、そのご発言に対して監督のご友人等から猛批判を浴びた。別に「母親だって子どもを産んだだけで母になったことを実感する訳ではない」その批判に対するアンサーが、前々作『万引き家族』の安藤サクラさん演じた「母」であり、本作のソヨンという事だそうです。『万引き家族』ではその母が擬似的な子との触れ合いと成長を通して、母が「母」になるまでを描きましたが、その二回目、リメイクがソヨンだと。ソヨンが主人公の『そして“母”になる』でもある『ベイビー・ブローカー』です。

是枝監督の他作品から見た本作

 是枝作品の特徴、常に「家族」を描くホームドラマだとか、世界トップレベルの子役演出とか、色々ありますが、個人的には以前の動画でも申し上げたと思います。「死」なんですよね。生きている人より「死」、死んだ人の方が家族というコミュニティを繋げている。亡き兄の命日に家族が集まる『歩いても歩いても』。亡き父の遺産をきっかけに家族に会う、帰省する主人公を描く『海よりもまだ深く』。お葬式で始まり、お葬式があって、お葬式で終わる『海街diary』。『万引き家族』はネタバレなので申し上げませんが言わずもがな。前作『真実』でも亡くなったかつてのライバル女優が自分と娘を、家族を繋ぎ止める。言い出したらキリがない。監督デビュー作『幻の光』は夫を自死で亡くした主人公物語。「死」が背後にあり、その「死」をどう克服するかというグリーフワーク・ドラマでした。常に「死」が家族の基盤にあって、死によって人と人が繋がっていく、「死」によって登場人物が動いていき、「死」の喪失を受け入れる事で未来に進む登場人物がいるというのが是枝作品的な物語だと僕は思っているんですが、本作でもやはり死がある。

 「死」。第一に母ソヨンが関係しているらしい韓国裏社会をも巻き込むある殺人事件が背後にあります、ちょっとこの辺りは是枝監督的な韓国ノワールへの目配せもあるかもしれませんが、どちらかというと本作『ベイビー・ブローカー』はタイトルの通り「ベイビー」ですね。母ソヨンにとっては一度、手放してしまった、生まれたことを拒否した彼女の中では一度、死んでいる「ベイビー」が常に物語の中心にいるというのが本作だと思いました。ソヨンにとってそのベイビーは一度、手放した存在であり、原罪であるけれども、子どもを作ることができない養子を望む大人たちにとっては未来でもある、ソヨン以外の旅の仲間たちにとってもソヨンの子は未来でもある、死とは表裏一体の「生」である。その事と対峙するでソヨンは過去と向き合い、未来へと彼女を進ませる、彼女の乗るワンボックスカーは、電車は未来へ進んでいく。

 非常に美しいシーンは彼らが乗るワンボックスカーが機械洗車、洗車機に入っていくところですね。少年ソジンが車の窓を開けると、その洗車の水が車の中に入り込んで皆がビショビショになる。本当に美しくて泣いてしまいましたが、どこかソヨンの感じている罪、罪悪感を洗い流すように車の中に入り込む水。是枝監督作ではよく出てくる「お風呂」とか、『万引き家族』の海とか、家族全員が一緒に水に触れることで一体化する瞬間が何度もありますが、それが洗車というモチーフで反復されていました。「水」「雨」というのは本作で重要なモチーフでしたね。撮影監督は『流浪の月』に続いて日本の監督とのコラボとなるホン・ギョンピョ。冒頭のソヨンが大雨の中、階段を上っていくショットはどこかホン・ギョンピョが撮影監督を勤めた『パラサイト 半地下の家族』の大雨と繋がっているようなショットでした。そして『流浪の月』に続いて「雨」が登場する。『流浪の月』でも孤独なある人物に、主人公が「傘」を差し出すことから物語が始まりますが、雨に当たっている人に差し出す傘。そんな傘を差し出し合う関係性に旅の一行がなっていく擬似家族ロードムービーとしても美しいです。水というモチーフが効いています。

一般人の視点-重層的になる物語

 擬似家族ロードムービー。ソヨンの『そして“母”になる』。とここに本作『ベイビー・ブローカー』はもう一つ要素がある。正直、僕は若干、要素が多くてややこしいなと感じてしまったのは、もう一つの視点がここに加わるんですね。何なら、影の主役とも言える視点で、ソヨンと同じく『そして“母”になる』な物語が用意されている影の主役です。これが先ほどチラッと言った是枝監督とは『空気人形』以来のタッグとなるペ・ドゥナ演じるスジン。「人身売買家族」の跡をつけて、現行犯で彼らを逮捕しようとしている刑事の視点がここに加わります。「人身売買家族」と、それを追う警察、刑事と、大きく二つの視点で本作は進行します。是枝作品は今まで割と一つの「家族」に絞った、一家族単位での群像劇、ミニマムな物語だった印象ですが、前作『真実』からですかね。『真実』も劇中劇が使用されて是枝作品にしては複雑でした、前作から若干、物語の構造が複雑になっている是枝作品かなとも思います。描きたい多い要素を描けるだけの資金力が増えたという事もあるかもしれません。追われる視点。追う視点という2つの物語が進行する、と。

 そして冒頭からいきなりスジン刑事の主観ショットが多用されまして、明らかにこのスジンの視点を観客の視点と重ねるような、スジンの視点と一般人、世論の視点と重ねていくという語りをしていますね。物凄くスジン刑事というのが、赤ちゃんポストを使用する母親に厳しい、母ソヨンに厳しい。「子どもを捨てるなら。最初から産むなよ」。しばしば赤ちゃんポストに限らず、ネグレクト、家庭の問題がニュースになると、そのニュースに対する世論は母親を責めるコメントで溢れかえりますが、その世論と重ねるようにスジンの視点を物語に配置する。言わば『万引き家族』の警察の視点を冒頭から導入したのが本作でしょう。同時にその視点に対する疑問も劇中で投げかける「なぜ母親ばかりを責めて、父親を責めないのか?」

 この子を捨てる母親というモチーフは誰もが是枝監督の出世作『誰も知らない』を想起する辺りかと思います。『誰も知らない』は実在の事件を基にした4人の子どもを置いて家を出た母親を描きながら、母親の育児放棄を問題視する以上に残された子供に焦点を当てた作品でした。この『誰も知らない』から母親をソヨンとして、残された子供としてカン・ドンウォン=ドヨン、少年ソジンを物語に組み込んで作ったのが本作かもしれません。

 是枝監督は自著「映画を撮りながら考えたこと」で映画『誰も知らない』について、子を捨てた母親について、こうおっしゃっています。「映画は人を裁くためにあるものではない(中略)この映画で描きたかったのは、誰が正しくて誰が間違っていたとか、大人は子どもに対してこのように接するべきだとか、子どもをめぐる法律をこう変えるべきだといった批判や教訓や提言ではありません。(中略)わかりやすい白と黒の対比ではなく、グレーのグラデーションで世界を記述したい。」と。

 このスタンスは本作にも一貫しているでしょう。例えば監督初期の『DISTANCE』という映画、こちらも実在のオウム真理教を基にその信者、加害者家族を主役とした映画でしたが、決してその加害者家族を断罪する映画ではなかった。『誰も知らない』や『DISTANCE』と比較するとかなりそのグラデーションの濃淡は見やすくなっていることは確かですが、是枝作品的白でも黒でもないグレーな世界を構築する物語は、追われる側、追う側、『そして“母”になる』2人、母ソヨンとやはりソヨンと同じく成長する刑事スジンその2人の視点に担われています。ソヨンが主人公なら、またスジンも影の主人公だと思いました。

 スジンを演じたペ・ドゥナはもう当然ながら素晴らしいです。とても美しいシーンは、スジンが夫と電話をするシーン。そこでは店で流れているエイミー・マンの♪Wise Upが聞こえている。「一緒に観た映画でこれ流れてたよね」とスジンが夫との、家族との繋がりを再確認する。何てことのないシーンですが、余りの美しさに涙が流れました。おそらくここでスジンが言っている「一緒に観た映画」というのはポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』でしょう。『マグノリア』もまた親と、主に父親との問題を抱えた子どもの物語でしたが、そんな親と子の物語としての『マグノリア』が本作『ベイビー・ブローカー』にも繋がっていました。本当に美しいシーンでした。

まとめ

 正直、映画全体としては、やはり2人の主役、2人の視点が交差する分、ややせせこましい印象もあって、ロードムービーの背後で行われている韓国ノワール的な裏社会の陰謀等々、上手く本筋の物語と絡んでこないもどかしさ、少なくともソヨンの“罪”は一つに絞るべきではと、要素が多くて煩雑な印象もあったのですが、映画全体の美しさというより今まで申し上げた要所要所の美しいシーンにやられました。特に後半にかけてそのつるべ打ちで、毎シーン毎シーン涙が溢れてしまいました。こんな断続的に涙が流れ続けたのは久々だったかもしれませんね。「傘」を差し出し あって、お互いがお互いを許しあう擬似家族。一度は手放した生を旅の過程で肯定する「母」になる母の物語。韓国映画という枠組みですが、是枝監督的としか言えない新しい「家族」の再定義を見せる『ベイビー・ブローカー』だったと思います。とても社会派な、いくらでも説教臭くなる題材を、キャッチーな豪華俳優起用からしっかりとシネコンでかかる「面白い」映画に仕上げる最近の是枝作品の打率は凄まじいなと思った次第でございます。

 偶然にも是枝監督プロデュース作品として同時期に公開されている『PLAN 75』という作品。こちらは75歳になった高齢者が自らの死を選ぶと支援金をもらえるという制度を描いたSF作品でしたが、ちょっと今の日本を予言的に映す一本で、劇的ではない語り口は是枝監督の初期作を思い起こさせるもので、合わせてご覧頂くと面白いかもしれません。

【作品情報】
ベイビー・ブローカー
2022年6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ギャガ
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万引き家族 に続く “人身売買” 家族 『ベイビー・ブローカー』茶一郎レビュー

茶一郎
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