作り手のユーモアセンスが光る 薬物中毒のクマちゃん映画 『コカイン・ベア』

映画スクエア

著者名:飯塚 克味

作り手のユーモアセンスが光る 薬物中毒のクマちゃん映画 『コカイン・ベア』

飯塚克味のホラー道 第61回『コカイン・ベア』

 日本でもようやく公開になる『コカイン・ベア』。2月に公開された全米では、6500万ドル弱のスマッシュヒットを記録した。製作費は3500万ドルと言われているので、十分元を取ったはずだ。全米公開時、“○○ベア”と題したコラージュ画像がSNSを賑わせたので、そのことを記憶しているファンもいるかもしれない。

 ベースとなったのは何を隠そう真実のドラマ。1985年9月11日の朝、FBIに追われた男がセスナ機から大量のコカインを投げ捨て、それを巨大クマが食べてしまったことが基になっている。こんなあり得ない実話を映画にしたのは、『LEGO®ムービー』(2014)や『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズ(2018、2023)などのクリエイター、フィル・ロードとクリストファー・ミラーのコンビ。監督は『ハンガー・ゲーム』シリーズ(2012~2015)など俳優として活躍する一方、『ピッチ・パーフェクト2』(2015)や『チャーリーズ・エンジェル』(2019)などの演出もこなすエリザベス・バンクス。この作り手たちのユーモアセンスが本作を成功に導いたと言って間違いないだろう。

 物語は事実に即しつつ、山で出くわす人々のドラマも丁寧に描き込まれ、上映時間は95分とコンパクトにまとめられながら、非常に濃密な映画体験を約束してくれる。コカインでトンでしまったクマに出くわすのは、こんな面々だ。まずは行方知れずとなったコカインを探しに来たギャング。ボスのシドを演じたレイ・リオッタは本作が遺作となった。次は学校をさぼって山に向かった子ども二人と、彼らを追う母親。母親の職業が看護師なのも重要な伏線として生きてくる。また森林公園の女性レンジャーや麻薬捜査中の刑事、地元のチンピラなど、一見、複雑にも思える人間関係がクマというキーワードを中心に、手際よく紹介されていく。

 実は実際のクマは大量のコカインを食べたことで、過剰摂取により亡くなっているのだが、映画の中ではどんどん無敵になり、人間たちを襲いまくっている。動物パニックの常として人間たちにそもそもの原因があるのだが、本作ではその流れを踏襲しながらも、実際に亡くなったクマへの鎮魂歌(レクイエム)となっている点も注目に値する。

 クマに襲われているのだから、時に残酷な描写も数多く、その手の表現が苦手な人は注意された方が良いだろう。しかし、スプラッター映画に慣れ親しんだ世代なら、最初の内こそクマを恐れても、段々とクマを応援し、いつの間にか麻薬を持ち込んだ人間たちを憎悪するようになっていくはずだ。この映画が訴えたいのは正にそこで、反ドラッグを体の奥底まで沁み込ませて帰宅できるようになっている。

 日本公開が遅くなったこともあり、筆者は例によって、北米版のブルーレイを取り寄せてチェック。後にマスコミ試写で日本語字幕付きで観直したのだが、正直なところ、字幕はあってもなくても内容への理解は全く違わなかった。どちらで観ても、痛快なことに変わりない傑作だ。現時点では予定されていないが、応援上映があったら、さぞ盛り上がること間違いなしの一本なので、まずは公開が始まったら、即映画館に駆け付け、コカイン・ベアの大活躍に喝采を送ってほしい。

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作り手のユーモアセンスが光る 薬物中毒のクマちゃん映画 『コカイン・ベア』

飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【作品情報】
コカイン・ベア
2023年9月29日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開
配給:パルコ ユニバーサル映画
©2022 UNIVERSAL STUDIOS

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