韓国映画のファンであれば、ナ・ホンジンの名前を知らぬ人はいないだろう。『チェイサー』(2008)で新人離れした演出力を見せ、『哀しき獣』(2010)ではその地位を確固たるものにした。そしてジャンル映画に挑戦した『哭声/コクソン』(2016)では善悪の価値観を揺るがす展開に世界中のファンをどよめかせた。それから6年が経ち、一瞬、待望の監督作か?と思ってしまったが、新作はプロデュース作だった。だが『哭声/コクソン』の世界観にも通じる衝撃的な内容で、紛れもないナ・ホンジン作品だったのだ。
映画はPOV(ポイント・オブ・ビュー)のスタイルで進行する。2018年に取材班が、タイの女神バヤンの巫女である祈祷師ニムを追うというものだ。代々、女性が巫女となって来たニムの家系。子がいないニムにとって後継ぎは姪であるミンになるのだが、そのミンに悪霊が憑りついてしまう。
撮影はタイの東北部で行われ、映像はヴェルナー・ヘルツォークばりの美しさで荘厳なものになっている。導入部から映画の世界に引き込む力にあふれている。しばらくしたら、本物のドキュメンタリーを観ている気分になっているはずだ。それだけに奇怪な現象が起き始めたら、一気に不安を掻き立てられ、最後までどうなるか、目を離せない。
本作の監督・脚本を担当したのは、2004年にハリウッドリメイクもされた『心霊写真』を共同監督として手がけたバンジョン・ピサンタナクーン。2013年のホラーコメディ『愛しのゴースト』では、タイ国内の興行記録を塗り替えたほどのヒットメーカーだ。祈祷師ナム役には舞台女優として活躍してきたサワニー・ウトーンマ、悪霊に憑依されるミンにはナリルヤ・グルモンコルペチ。彼女は多くのオーディションを経て、この役を勝ち取ったのだが、映画を観ていると、今後、通常の作品で女優として活動できるのだろうか?と心配してしまうくらいの熱演を見せてくれる。
POVスタイルと言えば、古くは『食人族』(1980)に代表される秘境映画、デジタル技術が広まった1999年に大ヒットした『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を経て、監視カメラを見事に駆使した『パラノーマル・アクティビティ』(2007)といった流れがあるが、現在Netflixで配信中の台湾ホラー『呪詛』(2022)や本作のように、構成も技術もより洗練された作品が生み出されており、この手のジャンルファンにとっては嬉しい時代がやってきていると言えるだろう。
131分という長尺も、意外なほど長く感じることはなく、本当に怖い思いをしたいというホラーファンにはぴったりの作品になっている。ナ・ホンジンのファンには、監督作でないならパスしようと思う人もいるかもしれないが、そんなことしたら、一生の後悔になってしまうだろう。是非、映画館でその世界感にどっぷりと漬かってもらいたい一本だ。
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飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
【作品情報】
女神の継承
2022年7月29日全国公開
配給:シンカ
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