【レビュー】「アーニャは、きっと来る」 穏やかさが記憶に残るユダヤ人迫害の物語

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【レビュー】「アーニャは、きっと来る」 穏やかさが記憶に残るユダヤ人迫害の物語

 「ナチス」「ユダヤ人」を描いた作品と聞いて、これほどまでに穏やかな作品が想像できるだろうか。

 出征した父親に代わって羊飼いの仕事をする13歳の少年ジョー。「アーニャは、きっと来る」はジョーの視点で描かれている。ジョーにとっては駐留するナチスは敵だが、目の前のナチス兵たちは自分や自分の家族に危害を加える存在ではない。特に山登りが好きな伍長のホフマンは、軍服を脱ぐと人のいいおじさんにしか思えない。また、ユダヤ人への差別や大量殺戮は、ジョーにとって遠い世界の話でしかない。ユダヤ人を逃がそうとするオルカーダやベンジャミンを助けたいと思うが、それは知り合いを助ける以上の大義は感じられない。

 ナチス兵は、短絡的な悪役としては描かれていない。ホフマンはベルリンにいる娘が空爆で死亡したことを聞き、見ていてつらくなるほど意気消沈する。スキンヘッドの威圧感がすさまじい中尉は、音楽好きという意外な一面を見せる。ナチスが障害者を迫害したことを考えると、知的障害を持つユペールをマスコットのように扱うナチス兵の姿はイメージとは異なる。ナチス兵が暴力を行使するのは、明らかにナチスに歯向かう者たちや、自分たちに危害を加えようとする者たちである。

 ジョーが大きな意味での「戦争」を意識するのは、戦地から戻ってきた父によってである。手を不自由にされ、ナチスにうらみを抱く父。ホフマンと山に登ったことを知った父によって、ジョーは父に殴られる。このシーンは、「アーニャは、きっと来る」の中で最も肉体的な痛みを感じさせるシーンだ。こうしてジョーは、「戦争」の意味を知る。

 時が止まったようなフランスとスペインの国境にある山村が舞台であること。それが「アーニャは、きっと来る」が特別な作品になっている理由の1つだろう。都会ほど厳しく取り締まる必要がない場所でのナチス兵の姿、そんな場所でもユダヤ人を助けようとする人々の姿、そして、戦争の意味を知る1人の少年の姿が描かれている。

 これまでに多くの映画を生み出してきたナチスによるユダヤ人迫害の物語に、穏やかさが記憶に残る作品が加わった。
(文:冬崎隆司)


 「アーニャは、きっと来る」は、1942年のナチス占領下にあったフランス・ピレネー山脈の麓の小さな村を舞台に、13歳の少年・ジョーもかかわるユダヤ人救出作戦を描いた作品。ノア・シュナップがジョーを演じるほか、ジャン・レノやアンジェリカ・ヒューストンなどが出演している。

アーニャは、きっと来る
11月27日(金)より、新宿ピカデリー他全国ロードショー
配給:ショウゲート
(c) Goldfinch Family Films Limited 2019

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