神なき世界で蔓延する悪魔の感染 世界が崩壊していくデストピアホラー 『邪悪なるもの』

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飯塚克味のホラー道 第110回『邪悪なるもの』

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 まだ1月だというのに、早くも今年ベスト級のホラー映画がやって来てしまった。2019年に公開されたアルゼンチンのホラー『テリファイド』(2019)を覚えていらっしゃるだろうか?住宅街に悪霊がはびこり、心霊研究チームと一戦を交えるという、何でもありのかなり変わったタッチのホラー映画だった。本作はそのデミアン・ラグナ監督の新作で、2023年のシッチェス・カタロニア国際映画祭で、ラテンアメリカ作品として初めて最優秀長編映画賞を受賞している。日本公開は若干遅れた感があるが、それでもスクリーンで本作を観ることができるのは、ホラーファンにとってまたとない機会のはずだ。

 夜中に銃声を聞いて、捜索に出た兄弟が目にしたのは森の中のバラバラ死体だった。手掛かりを探っていくと、ある家にたどり着き、そこの家の息子が悪魔に憑りつかれ、身体は醜く膨れ上がっていた。それを聞いた地主はその息子を処分しようと運び出すが、途中で落としてしまう。それは悪魔のウイルスを世に放つ行為だった。

 最初は何が起きているのかよく分からないが、登場人物のセリフとやり取りで少しずつ世界観を見せていく演出スタイルは、非常に力強く、低予算を全く感じさせない。主人公の兄弟が関わっていく人々も、一瞬どういう関係なのか気にはさせるものの、そこを無理に引っ張ることはなく、しっかり関係を明示した後に悲劇が訪れるという見事な展開。これは脚本が相当練り込まれている印象だ。

 悪魔というと、『エクソシスト』(1973)を例に出すまでもなく、必ず教会や神父が出てくるものだが、その辺のかわし方もうまく、デストピアな世界観が巧みに構築されている。

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 また素晴らしいのが、CGに頼っていない特殊メイクの数々だ。冒頭の森の中のバラバラ死体をはじめ、次に出てくるブヨブヨした腐敗者の姿。『セブン』(1995)に大食の罪で殺された巨漢の死体が出てきたが、それを超える気持ち悪さになっている。またその腐敗者を運び出す場面も強烈で、この映画が4DXやMX4Dみたいに臭い付きでなくて良かったと思えるはずだ。顔に斧を振り下ろす場面でも人形をうまく使い、実に効果的な映像を作り出している。

 悪魔のウイルスが伝染し、広がっていくという展開は黒沢清監督の『CURE キュア』(1997)を思い出す人もいるかもしれない。しかし本作はかなり直球なホラーで、観客をグイグイ引っ張る演出力が前面に出て、似て非なるものだ。

 後半では、スパニッシュホラーの名作『ザ・チャイルド』(1977)を思わせる展開もあり、ラストまで本当に目が離せない。確かな手腕を見せたデミアン・ラグナ監督。これからのホラー映画界を支える重要人物として、ぜひ記憶しておいてほしい。

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飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、WOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』の演出を担当した。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【作品情報】
邪悪なるもの
2025年1月31日(金) 新宿武蔵野館 ほか 全国ロードショー
配給:クロックワークス
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