昨年11月に全米をはじめ世界中で公開されたA24のホラー作品が、ついに日本でも公開が始まる。製作費はわずか1000万ドルという低予算だが、北米だけで2790万ドル、海外で3120万ドルを稼ぎ出す大ヒットを記録。布教活動に勤しむ二人のシスターが、ある家を訪問したら、そこの主人のMr.リードと会話をしているうち内に家の奥へと導かれ、恐るべき体験をするという内容だ。
この映画、主だった登場人物が屋敷の主人と、モルモン教を布教する二人のシスターだけという非常に限られた登場人物だけで進んでいく。ショッキングな描写が連続する訳でもなく、会話劇がメインだが、それでも引き込まれてしまうはずだ。まずシスター二人の描き方がとても巧みだ。ファーストカットで椅子に座っていて、広告にあるコンドームのサイズについて語る二人、続いて街を歩き若者にからかわれ一人が泣いてしまう。そして何段あるか分からない階段を、自転車をかつぎながら一生懸命上り下りする。わずかこれだけのシーンで、彼女たちのことが気になってしまう。ホラー映画ではまず犠牲者になる若者描写から始まるケースが多いが、ほとんどの作品で、どうでもいい会話が延々と続き、「もういいからこいつら全員殺されろよ」と乱暴な見方になってしまうことが多い。だが本作にはそうした雑な印象が皆無で、脚本も担当した監督コンビの手腕を実感できる。
本作を手がけたのはスコット・ベックとブライアン・ウッズのコンビ監督。二人は幼なじみで、ずっと映画好きという点で結ばれていた。やがて映画製作に興味を持ち、書いた脚本が『クワイエット・プレイス』(2018)だった。公開された映画は大ヒットし、イーライ・ロスが製作を務めた『ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷』(2019)で監督と脚本も手掛けた。その後もサム・ライミが製作総指揮の『65/シックスティ・ファイブ』(2023)も作り上げ、ジャンルムービーの成功者となった。
主演を務めたのはヒュー・グラント。言わずと知れたラブコメの王様だが、本作ではそうした甘いマスクは不気味なキャラに変貌し、二人の若い女性を追い詰めることになる。二人のシスターの内、冷静なシスター・バーンズを演じるのがソフィー・サッチャー。本作の監督コンビが脚本と製作総指揮を担当した『ブギーマン』(2023)にも出演し、間もなく日本でも公開される『MaXXXine マキシーン』(2024)や、全米でスマッシュヒットとなったSFスリラー『COMPANION(原題)』などにも出ている売れっ子だ。純朴なシスター・パクストン役には『フェイブルマンズ』(2022)などのクロエ・イースト。こちらも待機作が多く、ブレイク間違いなしの存在となっている。
話を詳しく語ってしまうと、ネタバレになってしまうので、あまり明らかにできないが、モルモン教について軽く知っておくと、映画がより楽しめるはずだ。アメリカで誕生したキリスト教系の新宗教で、三位一体説を否定しているのが特徴の、この宗教。純潔や安息日の重視など戒律が厳しいことも頭に入れておくといいだろう。クライマックスにはMr.リードとシスターとの宗教に対しての考え方がぶつかる場面があって、そうしたやり取りの奥深さも実感できると思う。
この映画、話が展開するに従って、映像はどんどん暗くなっていく。わずかな灯りや、小道具が重要な意味を持つようになってくる。そして注意してほしいのが、細部まで徹底的にこだわったという音響だ。空間設計から、屋敷の外の嵐の音など、様々な工夫が詰め込まれているので、ぜひ音のいい劇場で観て聴いてもらいたい。幸いにも日本ではドルビーシネマで公開されるので、お近くに対応劇場がある方は、是非とも迷わず足を運んでほしい。ラストのカットの意味合いも、人によって異なってくると思うので、映画鑑賞後は、いろんな人と語り合うのもいいだろう。
『クワイエット・プレイス』ではセリフを削って世界を構築したが、今回は登場人物を限界まで減らし、舞台はほぼ家の中という制限の中で恐怖を描いた若き二人の監督。次はどんな制限を自らに課すのか?まずはこの『異端者の家』で、彼らの実力をしっかりと確認してもらいたい。
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飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、WOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』の演出を担当した。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
【作品情報】
異端者の家
2025年4月25日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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