【コラム】「ドライブ・マイ・カー」 愛することとは?愛されることとは? どっぷりハマる179分

映画スクエア

【コラム】「ドライブ・マイ・カー」 愛することとは?愛されることとは? どっぷりハマる179分


■愛する妻を失った男の喪失と希望の物語

 愛する人のことは何でも知りたい。何を考えているのか、どんな考えを持っているのか、自分にできることは何か、愛する人が自分をどのくらい愛しているのかも──。

 愛があれば、言葉にしなくても相手の気持ちは分かるとも言いますが、相手の本心を知ることは決してたやすくはないですよね。自分は本当に愛する人を理解しているのだろうか、『ドライブ・マイ・カー』を観ると、そんなふうに愛について考えさせられます。

 日本の公開に先駆けてカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品。みごと脚本賞を受賞したニュースによって、この映画に興味を持った人も多いと思います。愛する妻を失った男の喪失と希望の物語。亡き妻の本心を知りたい、隠していた秘密について知りたい、という主人公の数年間の旅路を描いていきます。

 原作は村上春樹の短編小説「ドライブ・マイ・カー」、監督は濱口竜介、主演は西島秀俊。普段から映画に触れている人にとっては、この3つのエレメントだけで「観る、確定」の映画ですが、そのエレメントにピンとこない人にとっては、推しポイントが必要ですよね。

【コラム】「ドライブ・マイ・カー」 愛することとは?愛されることとは? どっぷりハマる179分


■主人公とともに抱く、亡き妻の秘密を「知りたい」という思い

 まず、179分の長尺です。長尺が推しというわけではなく、伝えたいのは長尺であるのに長さを感じない点です。観る前は、ちょっと長いな……とは思いましたが、約3時間、鑑賞中に時間を気にすることは一度もなく、むしろ物語が進んでいくにつれてのめり込んでいきます。のめり込んでしまう理由は、西島秀俊の演じる主人公・家福が抱える「知りたい」という感情を、自分自身も「知りたい」と思うから。その「知りたい」こととは、彼の妻・音(霧島れいか)の秘密、生前に確かめられなかった秘密です。

 家福は、舞台俳優で演出家。愛する妻の音と満ち足りた日々を送っていましたが、ある日、自分の知らない妻の一面を目撃してしまいます。その事実に苛まれながらも、そのことに触れることも追求することもしなかった。そして、妻はある日突然に亡くなってしまいます。

 打ち明けられることのなかった妻の秘密を抱えたまま、家福は演出家として淡々と生きています。妻の死から2年後、広島の演劇祭に招かれ、寡黙な専属ドライバー・みさき(三浦透子)と出会うことで、かつて妻から紹介された俳優・高槻(岡田将生)と出会うことで、目をそらしてきた妻の秘密と向きあうことに。

 家福の演出家という仕事が物語のベースのひとつになっていることもあり、演劇はこうやって準備されるのかと、舞台裏を覗き見する面白さもあります。そうした練習風景や演劇祭の準備のなかで、家福と同様に観客も、妻の音は何故あんなことをしたのか、夫を愛していなかったのか、彼女の心理を突き止めたい衝動に駆られる。

 けれど、そもそも人の心理は確かめようがないものです。だから自分自身がその人を信じられるか、受け入れられるか、愛することとはどういうことなのか、問いに対しての答えは果たしてあるのだろうか、それも含めてのめり込んでしまうのです。

【コラム】「ドライブ・マイ・カー」 愛することとは?愛されることとは? どっぷりハマる179分


■愛することとは?愛されることとは? 映画の世界にどっぷりハマる179分

 これまで数多くのラブストーリーを観てきましたが、愛することや愛されることを、こんなふうに描くのかと、こんなにも深く考えさせてくれるのかと、約3時間どっぷりとこの映画の世界にハマりました。いや、観終わってこうして綴っている最中も、きっとこの先も、この映画が与えてくれた愛について、信じることについて、伝えることについて、生きることについて、ふとした瞬間に考えるのだろうと思います。

 個人的には、冒頭で描かれる音の姿がとても妖艶で釘付けになってしまったのですが、思い返すと、その妖艶さに囚われたことによって、(観る者が)主人公と並走できたのではないか、そんなふうに捉えることもできる。この映画には、そういう仕掛けが網の目のように張り巡らされていて、何とも心地よくその仕掛けにハマり、心を動かされる。濱口監督の凄さとはそういうところなのです。
 


【コラム】「ドライブ・マイ・カー」 愛することとは?愛されることとは? どっぷりハマる179分
photo:Toru Hiraiwa

新谷里映
映画ライター・コラムニスト。
地元の出版社にて情報誌やサブカルファッション誌の編集を経験後、2005年3月に独立、仕事の拠点を東京へ。現在はフリーランスの映画ライター、コラムニスト、インタビュアーとして、雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、日本映画の撮影現場に参加するオフィシャルライターとしても活動する。映画&恋愛、映画&旅など映画を絡めたコラム連載も多数。東京国際映画祭(2015~2020年)や映画のトークイベントの司会も担当。解説執筆を担当した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」が発売中。


【作品情報】
ドライブ・マイ・カー
2021年8月20日、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ビターズ・エンド
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
PG-12

愛車サーブを通して出会った、妻を失った喪失感のなかで生きる舞台俳優の家福と、寡黙な専属ドライバーみさきの孤独な2人が、一筋の希望にたどり着くまでを描いた作品。村上春樹の同名短編小説にほれ込んだ濱口竜介が、監督・脚本を務めている。西島秀俊が主演し、三浦透子、岡田将生、霧島れいからが顔をそろえている。

  • 作品

ドライブ・マイ・カー

公開年 2021年
製作国 日本
監督  濱口竜介
出演  西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、岡田将生、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアン
作品一覧