【コラム】「Arc アーク」 これまでにない”不老不死映画” 人生100年時代をどう生きるか、考えるきっかけに

映画スクエア


■現実にある技術をベースに不老不死=不老化処置を描くリアリティ

 『Arc アーク』は、“人類史上初めて永遠の命を得た女性の人生を描いた映画”ということで、鑑賞前、その文言から色々と想像しました。永遠の命=不老不死といえば、ヴァンパイアのような設定の映画もあるし、『アデライン、100年目の恋』のようなファンタジー的ラブロマンス映画もあるし、これまでに観てきた映画の記憶をたどりながら、近未来なの? SFチックなの? 不老不死をどう描くの? そもそも日本映画で可能なの? 想像しにくいからこそ、いい意味で期待が膨らんで──。

 原作は、中国系アメリカ人作家ケン・リュウの同名短編小説です。彼がこの物語を執筆したとき「一見まったく関係のない2つの事柄に興味を惹きつけられていました」そうです。その興味のひとつは、プラスティネート(※)された人体の展示。もうひとつは、“人はいずれ150〜200歳まで生きるだろう”という多くの未来派主義者たちの楽観的発言。

 ※プラスティネートとは、人間や動物の遺体または遺体の一部に含まれる水分と脂肪分を、プラスチックなどの合成樹脂に置き換えることで保存可能にする技術(プレス資料より)。

 そして「私たち人類が熱望する長寿とは、決して死を迎える時期そのものを後ろ倒しにするということではなく、引きのばした人生のなかで若さを保ち続ける。一種のプラスティネーションを、肉体のなかで行うことだと思い至ったのです」と語っているように(ちょっと難解ですが、映画を観るとそういうことか!と理解できます)、現実にある技術をベースに不老不死=不老化処置を描いているからこそ、絵空事ではなく、もしかしたら近い未来、本当にあり得るかもしれない……そんなリアリティを感じさせてくれるのです。

【コラム】「Arc アーク」 これまでにない”不老不死映画” 人生100年時代をどう生きるか、考えるきっかけに


■永遠の命について「あなたはどう思うのか?」と問いかけてくる 

 そのリアリティのなかには、若いまま生き続けることはどういうことなのか、老いが訪れないとはどういうことなのか、不老化処置を選択できるとしたらどうするのか? という問いかけもあります。これまで出会ってきた“永遠の命”をテーマにした映画の多くは、生き続けることは決して良いことばかりではなく、悲しみや切なさと背中合わせ、限りある命だからこそ人生は輝くのだ──というメッセージが込められていたと思うんです。けれど『Arc アーク』は違う。良いか悪いか、ユートピアがディストピアか、明確には提示をしていなくて、それを含めて「あなたはどう思うのか? どう考えるのか?」というメッセージが流れていると感じました。

 また、映画のなかにおける遺体を永遠に所有する〈プラスティネーション〉の具現化については、ひとことで言うと芸術的です。まるであやつり人形のように、遺体に無数の糸を繋ぎ、舞いを踊るかのように操って、遺体のポーズを決めていく。その〈ボディワークス〉という仕事風景は、とても美しく芸術的なシーンになっています。映画を観る前は、こういう題材なのできっとSF的な要素やシーンが強いと思っていましたが、未来を感じさせるガジェットで表現するのではなく、見たことのない圧倒的な芸術としてボディワークスを見せることで、『Arc アーク』の世界観──現実と日常の延長線上に描かれる未来に入り込むことができるのかもしれません。

【コラム】「Arc アーク」 これまでにない”不老不死映画” 人生100年時代をどう生きるか、考えるきっかけに


■人生100年をどう生きたいか 考えるきっかけに

 “人類史上初めて永遠の命を得た女性”=リナを演じるのは、芳根京子です。何が凄いかって、17歳から135歳までのリナの人生が描かれますが、リナは30歳で不老化処置を受けるので、100歳を越えても見た目はずっと30歳のまま。衣装やヘアメイクの助けがあるとはいえ、年齢の変化を芝居で表現しなければならない、すごく難しい役柄だったはずです(おみごと!)。そして、永遠の命を得たリナはどんな生涯を遂げるのか──。彼女の選択には、哀しみではない充実した幸せがあるように見え、そういう意味でも、やはり従来の不老不死を描いた映画とは違うメッセージが込められている、そう思います。

 人生100年と言われる時代であっても、不老化処置が当たり前の世界=人は死なない世界を自分ごととして想像することは難しいかもしれない。でも、そういう世界を描いたこの映画を通じて、改めて自分はどう生きたいのか、どんなふうに年齢を重ねていきたいのか、あるいは100年生きるためにどうすればいいのかを考えるきっかけになる。私自身、観終わってから、そんなことをずっと考えています。『Arc アーク』は文学的で余韻のある、思考を刺激する映画でした。
 


【コラム】「Arc アーク」 これまでにない”不老不死映画” 人生100年時代をどう生きるか、考えるきっかけに
photo:Toru Hiraiwa

新谷里映
映画ライター・コラムニスト。
地元の出版社にて情報誌やサブカルファッション誌の編集を経験後、2005年3月に独立、仕事の拠点を東京へ。現在はフリーランスの映画ライター、コラムニスト、インタビュアーとして、雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、日本映画の撮影現場に参加するオフィシャルライターとしても活動する。映画&恋愛、映画&旅など映画を絡めたコラム連載も多数。東京国際映画祭(2015~2020年)や映画のトークイベントの司会も担当。解説執筆を担当した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」が発売中。


【作品情報】
Arc アーク
2021年6月25日(金)全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2021映画『Arc』製作委員会

SF作家ケン・リュウの短編小説「円弧」を映画化した作品。近未来を舞台に、遺体を生きた姿のまま保存する施術(プラスティネーション)を仕事とするリナを描く。師エマの弟・天音が完成させた技術によって、リナは人類初となる「不老不死」の女性となり、30歳の姿のままで永遠の人生を生きていくことになる。芳根京子が主人公のリナを演じるほか、リナの師であるエマ役を寺島しのぶが、エマの弟で不老不死を実現する天才科学者である天音役を岡田将生が演じる。倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫のベテランが脇を固める。監督は、「蜜蜂と遠雷」などの石川慶が務める。

  • 作品

Arc アーク

公開年 2021年
製作国 日本
監督  石川慶
出演  芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、中川翼、中村ゆり
作品一覧