「ハッチング ―孵化―」 うごめく人間の闇の感情 楳図かずお作品に近い世界観 【飯塚克味のホラー道】

映画スクエア

著者名:飯塚 克味

「ハッチング ―孵化―」 うごめく人間の闇の感情 楳図かずお作品に近い世界観 【飯塚克味のホラー道】
© 2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Väst

飯塚克味のホラー道 第17回「ハッチング ―孵化―」

 今回紹介するのは、フィンランドで生まれた北欧ホラーである。ここ最近の作品でも『ぼくのエリ 200 歳の少女』(2008)や『ボーダー 二つの世界』(2018)などが記憶に新しいが、80年代にも東京国際ファンタスティック映画祭で『カルパテ城の秘密』(1981)や『イリュージョニスト』(1983)などが人気を博した。どの作品にも言えるのは、寒々しい空気感と、ハリウッドスタイルとは異なる演出など、独特の魅力が作品世界を支配していることだ。今回の『ハッチング ―孵化―』もハリウッドでは絶対生まれないタイプの作品となっている。

 物語はフィンランドに暮らすある家族を軸に進行する。学校の体操クラブで頑張っている12歳の少女ティンヤ。彼女はSNSで家族の様子を発信することに夢中な母親、優しい父親、生意気盛りの弟に囲まれ、幸せな日々を送っている。そんなある日、家の中にカラスが侵入。大暴れしたカラスは母親に殺害され、ティンヤは死体の始末を頼まれ、外のゴミ箱に遺骸を捨てる。だが後で確認するとカラスの死体がない。怪しげな鳴き声を追うと、ティンヤは瀕死のカラスと卵を見つける。ティンヤはその卵を持ち帰り、自分のベッドで温め始めるが、卵は次第に巨大化し、謎の生命体が生まれてしまう。

 ここまでで、まだまだ冒頭の部分なのだが、この後の驚愕の展開は是非映画館で確認してもらいたい。謎の生命体はアッリと名付けられるが、CGはほとんど使われず、アニマトロニクスで制作されている。そのため、妙に生々しく、リアルな生命感にあふれ、変異していく様も映画の見せ場のひとつになっている。担当したのは『スター・ウォーズ』新三部作や『ジュラシック・ワールド』にも参加したグスタフ・ホーゲン。また特殊メイクを『プライベート・ライアン』『ダークナイト』のコナー・オサリバンが担当し、その高い技術力を惜しみなく披露している。

 監督は短編製作やTVシリーズで注目を浴び、本作が長編監督となるハンナ・ベルイホム。12歳の少女と母親の愛憎を丁寧に描き、いつの間にか夢中にさせられる。またカラスが葬られるゴミ箱のディテールや、モンスターのシルエットの使い方なども見事で、本作を観たら、これまでの短篇作品なども観てみたくなるはずだ。ハンナ監督はホラーの魅力について「ホラー映画では非常に映画的な方法でストーリーを語ることができる。キャラクターの中にあるもの、私たちの感情が何らかの形で外部に現れることもあるので、ホラー映画を作ることはとてもエキサイティングなことなのよ」と語っており、きちんとした哲学を持って、ホラーに挑んでいるのが何とも頼もしい限り。

 キャストでは、フィンランド全土から1200人の応募があり、その中から勝ち抜いたティンヤ役のシーリ・ソラリンナの演技に目を奪われた。最初は自分たちが殺してしまった母カラスへの詫びる気持ちから卵を孵化させたものの、段々と制御が効かなくなっていき、パニックに陥っていく姿は新人離れしている。

 この映画、感じ方は人それぞれだと思うが、自分にとっては『漂流教室』『恐怖』『おろち』などで有名な楳図かずおの作品に非常に世界観が近いと思えた。モンスターであるアッリの本当にいそうな存在感、ティンヤが目標とする母親に抱く微妙な感情が揺れ動くさま、自分より体操技術がある友人への憧れと嫉妬。楳図作品に詰まっていた人間の闇の感情が作品の底辺にうごめいているように見えた。あなたはどう感じるだろうか?

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「ハッチング ―孵化―」 うごめく人間の闇の感情 楳図かずお作品に近い世界観 【飯塚克味のホラー道】

飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


ハッチング―孵化―
2022年4月15日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国順次ロードショー
配給:ギャガ
© 2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Väst

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