悪夢の内臓感覚再び 進化した人類を鬼才クローネンバーグが描く 『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

映画スクエア

著者名:飯塚 克味

悪夢の内臓感覚再び 進化した人類を鬼才クローネンバーグが描く 『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

飯塚克味のホラー道 第56回 『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

 最後に撮った作品が2014年の『マップ・トゥ・ザ・スターズ』だったので、すでにデヴィッド・クローネンバーグ監督は引退したか、病に侵されてしまったのではないかと思い込んでいた。だが、全盛期を思わせるような新作の到来に、感激するとともに、やはり映画監督という人間は、映画を作ってこその存在なのだと、再認識した。

 カナダ出身のデヴィッド・クローネンバーグ監督は、『シーバース/人喰い生物の島』(1975)や『ラビッド』(1977)で注目を集め、『スキャナーズ』(1981)が全米で初登場1位を獲得したことで脚光を浴びる。人間の肉体的、もしくは内面的な変貌をリアルに描いた諸作は他の作家がマネできるようなものではなく、80年代にホラー映画が世界的なブームを巻き起こした時も、孤高の存在としてファンの心をわしづかみにしていた。

 その後は、先日リバイバル公開された『ビデオドローム』(1982)や『デッドゾーン』(1983)で一般層にも人気が広がり、『ザ・フライ』(1986)は爆発的大ヒットを記録、『戦慄の絆』(1988)では映画祭でのグランプリも受賞。キャリアのピークを極めた。しかし、その後、関心が人間の内面に進み、初期作品のような特殊メイクを使った表現を控えるようになっていく。だが、本作ではSF的な設定を取り入れ、世界観を大きく広げた上に、クローネンバーグが従来から描き続けてきた人間の内なる変貌にもしっかりスポットライトが当たり、正に円熟の技で観客に語りかけてくるのである。

 話としては一見複雑だ。痛みという感覚を失った人類が暮らす近未来。体内に新しく生まれる臓器にタトゥーを施し、その臓器を摘出するショーを行っているアーティスト、ソールと彼のパートナー、カプリースを軸にドラマは進んでいく。ソールの特異な身体に強い関心を持つ政府機関の臓器登録所や、プラスチックを食べていた子どもの死体の解体をショーにできないかとする人物が出てきて、ドラマは混沌と進んでいく。だが世界感さえ受け入れたら、その後は意外なほどすんなりと話に入っていけるはず。空飛ぶ車や、超高層ビルも出てこないが、逆にこうした未来感にリアリティを感じるのではないだろうか。

 何でもクローネンバーグ監督は、1999年の時点で本作の構想を思いつき、20年に渡って温め続けてきたとのこと。製作に着手したのは、海洋汚染によって、人々の体内にマイクロプラスティックが入り込んでいる現代なら、こうした話に説得力が持てると判断したからだそうだ。

 主人公のソールを演じるのは『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(2005)と『イースタン・プロミス』(2007)でも監督と組んできたヴィゴ・モーテンセン。「世界で最もユニークな才能のあるフィルムメーカー」と監督には絶大なる信頼感を寄せ、この難役を演じ切っている。施術を行うパートナー、カプリース役にはレア・セドゥ。ボンドガールから介護に悩む一般女性まで、どんな役でも自分のものにしてしまう彼女も「彼(監督)との仕事は、私のキャリアにおいて特別な経験になった」と絶賛しまくり。

 本作において、もっとも重要なポジションと言える美術を担当したのは、『ファイヤーボール』(1978)以降、ほぼ全てのクローネンバーグ作品を担当してきたキャロル・スピア。唯一無二と言える独自のセンスを発揮し、監督のイメージをビジュアル化している。全身に耳を付けた男や、ソールの奇妙なベッドや手術台など、他の作品では絶対見ることができないもののオンパレードなので、是非、注視していただきたい。

 またこれは個人的な思い込みだが、クローネンバーグ監督が、映画制作の現場に戻ってきたのは、監督として活躍する息子ブランドンの存在が刺激を与えたからではないかと思っている。特別な装置で他人の意識を乗っ取る『ポゼッサー』(2020)や、外国人旅行者が旅先で悪さをしてはクローンに罪を着せる『インフィニティ・プール(原題)』(2023)など、どれも父親譲りのセンスだが、ちょっと毛色の異なる作品を発表し、次世代のホープとなっている。デヴィッド・クローネンバーグ監督には本作以降も、どんどん作品を発表し続けてもらいたい。

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悪夢の内臓感覚再び 進化した人類を鬼才クローネンバーグが描く 『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、現在はWOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』(毎週土曜日放送)の演出を担当する。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。


【作品情報】
クライムズ・オブ・ザ・フューチャー
2023年8月18日(金)より新宿バルト9ほか全国公開
配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
© 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A.

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