偽者の殺し屋になりすます男の物語 「面白い話の映画を見る」喜びに浸る 『ヒットマン』

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冬崎隆司の映画底なし沼 第2回『ヒットマン』紹介&レビュー

偽者の殺し屋になりすます男の物語 「面白い話の映画を見る」喜びに浸る 『ヒットマン』
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 「没入感」「共感」は、最近の映画(のみならず映像作品)のキーワードとなっている。それはそれで映画を見る魅力の1つではあると思うが、すべてではない。映画の中に描かれる登場人物が織りなす物語に、少し離れた視点から余裕を持って眺める感じで楽しむというのも映画の魅力の1つ。そんなことを再認識させてくれるのが、リチャード・リンクレイター監督の新作『ヒットマン』だ。

 『ヒットマン』の主人公は、ゲイリー・ジョンソンという実在の人物をモデルにしている。地方検事局で犯罪の録音・録画データを扱う仕事をしながら、地元のコミュニティカレッジで心理学を教えていたジョンソンだったが、ある時から殺人教唆の言質を取るために偽者の殺し屋になりすます仕事を任せられるようになり、1990年頃から70人以上の逮捕に協力したという。

 この抜群に面白い経歴の人物をモデルにしながらも、本作では「そんなジョンソンが同情した依頼人の女性と恋に落ちたら・・・」という「もしも」のスパイスを加えて、自由に想像を羽ばたかせている。冒頭でも本作がフィクション度高めであることがきちんと表示される。あくまでも事実の映画化ではないところがポイントだ。この作品はフィクションとして楽しむべき作品として提示されている。

 ジョンソンを演じるのは、今や売れっ子のグレン・パウエル(グレパ)。さまざまなタイプの殺し屋を演じるグレパを見るだけで楽しいし、リンクレイター監督に企画を持ち込み、リンクレイターとともに脚本にクレジットされているだけあって、ノリノリなのが見ていて伝わってくる。ジョンソンが恋に落ちるマディソンを演じるアドリア・アルホナとの相性もピッタリだ。視線と身振りで意思疎通を図りながら危機を乗り越える後半のシーンは、見ていて感動を覚えるほどのコンビネーションを見せる。

 ジョンソンという人物に興味を引かれた人はすぐに本作を見てほしい。リンクレイター監督、グレン・パウエルの名前に気になるものを感じた人もすぐに見てほしい。あとは、「没入感」「共感」とは異なる魅力を持つ、とりあえず「面白い話の映画を見たい」という人にもオススメしたい。

 以下では、映画の深い内容にも触れながらレビューしていくので、映画をご覧いただいた上で読まれることをオススメする。

偽者の殺し屋になりすます男の物語 「面白い話の映画を見る」喜びに浸る 『ヒットマン』
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!!以下は本編ご鑑賞後に読むことをオススメします!!

 『ヒットマン』はジャンル分けするのが難しい映画だ。コメディでもあり、ロマンスでもあり、ドラマでもある。パロディも盛り込まれ、ブラックな面もある。

 ブラックな面は見逃されがちかもしれないが、強く刻印されている。真っ先に思い浮かぶのは、ジョンソンたちがしているオトリ捜査の倫理性だ。逮捕された者たちが主張するように、”殺し屋”という存在がいなければ、彼らは殺しを依頼しなかった可能性もある。ジョンソンたちの捜査は倫理的に真っ白とは言い難い。もう1つのブラックな側面は、映画の中で実際に殺人をするのは誰かという点だ。これはブラック中のブラックな部分だと言える。

 さらに、リンクレイター監督自身も語っていることだが、アイデンティティについての考察も盛り込まれている。マディソンに恋に落ちたジョンソンは、ジョンソンを殺し屋だと思っているマディソンの前では殺し屋を演じ続ける。面白いのは、大学では学生に「シビックに乗っている」冴えない講師と思われていたジョンソンが、「最近イケてる」と言われるように変化する点だ。魅力的な殺し屋を演じ続ける時間が長くなればなるほど、ジョンソンは殺し屋に寄った人間になっていく。

 こうしたブラックな部分やアイデンティティへの考察を埋め込みながら、どこか距離を置いて見られるのがリンクレイターのマジックだ。グレン・パウエルの冴えない講師姿とマディソンの前で見せるセクシーな姿のギャップはコメディすれすれだし、『インディ・ジョーンズ/レイダース 失われたアーク《聖櫃》』や、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のパロディになっていると思われるシーンが、本作がフィクションであることを、ひいては映画だということを強調する。

 「ビフォア」シリーズや「6才のボクが、大人になるまで。」など、確実に映画史に残るであろう作品を長期間に渡って作るリンクレイター監督だが、本作や前作『バーナデット ママは行方不明』のように、「面白いお話」を優れた役者の巧みな演技を引き出しながら描く、軽めの作品でも手腕を発揮する。本作は、面白い物語を映画で見る喜びを感じさせてくれる。本作を見ていて、ビリー・ワイルダーを思い起こした。面白いストーリー、魅力的な俳優、ちょっとした毒と人間についての考察で楽しませてくれるビリー・ワイルダーの作品を。

 かつて「映画」が「映画ファン」以外にも広く楽しまれていた時代があった。親しい人と同じ映画を見て、その人と語り合うだけで満足できた時代があった。本作を見て、そうした時代に『ヒットマン』のような、「没入感」「共感」とは異なる、観客と絶妙な距離感が魅力の映画が多くあったことを思い出した。今や貴重かもしれないタイプの作品ということも、高い好感度につながった理由なのかもしれない。


偽者の殺し屋になりすます男の物語 「面白い話の映画を見る」喜びに浸る 『ヒットマン』

冬崎隆司(ふゆさきたかし)
映画ライター、レビュアー、コラムニスト
1977年生まれ。理屈に囚われすぎず、感情に溺れすぎず。映画の多様な捉え方の1つを提示できればと思っています。
映画レビュアーの茶一郎さんとのポッドキャスト「映画世代断絶」も不定期更新中。


【作品情報】
ヒットマン
2024年9月13日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:KADOKAWA
© 2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

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