この連載では度々、80年代のホラーブームについて書いているが、それが終わったのは80年代後半に起きた幼女連続誘拐殺人事件が起きたことが発端だった。犯人の部屋にあった大量のビデオテープの写真が週刊誌に掲載されるや、そこにあったホラー作品こそが悪影響を与えたとばかりに、ホラーというジャンルが攻撃の対象になり、日夜、ワイドショーなどでホラー映画こそ害悪と語り続けられ、レンタル店の棚から一斉にホラー物が消えていった。
こうした現象は日本だけではない。レイティングに厳しいアメリカはもちろん、イギリスでも同様の現象が起きていた。ビデオデッキが普及し、どの家庭でも簡単にホラー映画が見られるようになると、それらの作品はビデオ・ナスティ(有害な映画)とされ、国による検閲が実施されるようになっていく。国内の治安が乱れ、殺人事件と俗悪な映画を結び付けることで、政権への非難を避けようという訳だ。本編にも出てくるが、マスコミもそうした動きに倣い、審査を行う組織BBFCを「事件は映画を公開したから起きた」と糾弾していく。本作はそんな時代を取り上げた作品になっている。
主人公のイーニッドは過激な映画を事前に検閲するBBFCの検閲官。気になる部分は、迷わずカットしていくため、周囲から「リトル・ミス・パーフェクト」と呼ばれていた。だが、そんな彼女も心の中に闇を抱えていた。幼い頃に行方不明になった妹の存在だ。両親は、長年発見に至らないことから死亡届を出し、区切りをつけようとしているが、イーニッドはどうしても諦めることができない。そしてある日、審査をしていた映画の中に、妹らしき人物の姿を発見し、イーニッドは闇の世界に堕ちていく。
監督のプラノ・ベイリー・ボンドは、1980年代育ちの女性で本作が監督デビュー作だ。若い時に衝撃を受けたのはデヴィッド・リンチ監督の『ブルーベルベット』(1986)で、劇中に登場するフランクが映画史上最も怖いキャラクターだと語っている。またギャスパー・ノエや、ダリオ・アルジェント、ルチオ・フルチや、メアリー・ハロン監督の『アメリカン・サイコ』(2000)にも影響を受けていると語っている。意外なところではメロドラマの巨匠ダグラス・サーク監督の名前も出ており、ジョン・D・ハンコック監督の『呪われたジェシカ』(1971)もお気に入りとのことだ。
凝ったセットで当時を再現し、主人公の仕事とプライベートが交錯し、次第に正気を失っていく様は、正にデヴィッド・リンチの世界観を思わせるものになっている。話を聞いた時、ジョージ・C・スコットが行方不明の娘を探していたら、成人映画の女優になっていたことを知って衝撃を受けてしまう『ハードコアの夜』(1979)を想像したが、映画はより幻想的な世界感へとシフトしていく。
本作はホラー映画を観た人が影響を受けて、安易に犯罪にひた走るというような映画ではないし、逆にホラー映画が何も影響を与えない訳でもないと訴えている。人にはそれぞれ事情や過去があるし、そうしたものの積み重ねによって、人格が形成されていく。ホラーだけを諸悪の根源と責めるのはお門違いということを伝えているように自分は感じたのだが、皆さんの感想は果たしてどうだろうか?
ビデオ・ナスティのムーブメントは、基になった1984年のビデオ録画法が2010年のものに変えられたことで一応の収束を迎えた。現在、イギリスでは多くのホラータイトルが無修正のオリジナル版でリリースされ、作品によっては分厚い解説書を同梱したBOX商品も出るようになった。だが、我々はあの検閲や過剰な自粛の時代があったことを忘れてはならない。
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飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、WOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』の演出を担当した。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
【作品情報】
サユリ
2024年9月6日(金) 新宿シネマカリテほか 全国公開
配給:オソレゾーン
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